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暗い空から絹糸のように細く美しい雨が降っている。
紅色、淡黄、濃緑の三色の木の葉が混じった山脈は、霧に包まれていた。秋になると、この帝国の南部には、美しいだけではない、優麗な雰囲気も出る。魔力の不安定な山脈は、様々な魔法生物の住処だからだ。
谷には、壮麗な城がそびえたっている。強固な三重の城郭に、五本の塔。誰もが、身分の高い貴族の住み処だと分かる作りだ。
だが、その朝、城の所有者――エウゲンニャ・ヴィシネヴェツカ公爵姫――は、深いため息を吐いていた。
「どうして、お父様たちは、妹のグラシーナをこの城へ送るのかしら。他の領地はまだ沢山あるのに」
エウゲンニャ公爵姫は、半分が吸血鬼、あとの半分はエルフの血だ。この帝国随一の公爵家の長女であり、近隣領地のすべての吸血鬼とエルフを統治していた。
長女姫の言葉に、次女姫であるヴィオレッタ姫が穏やかな口調で答える。
「五人姉妹の四女と五女にあたる、双子の妹たちが生まれたでしょう。だから、三女のグラシャを世話する時間はなくなったのでしょうね。グラシャも、そろそろ領地管理を学ぶ頃合いですし」
吸血鬼も、エルフも、数千年は生きる。エウゲンニャは既に百歳を超えているが、人間でいうと十五歳ほどにしか見えない。ヴィオレッタは、人間でいうところの十四歳だ。
「子供の世話を私たちに転嫁するなんて。ヴィオラがいるだけでも大変なのに」
エウゲンニャ姫は肩までの長い白金色の髪を弄った。赤い目に長い眉、卵型の顔……。気が強くて近寄りがたい美しさを持つ姫田。
「でも、わたしが傍に居ないと、寂しいでしょう?」
次女のヴィオレッタ姫がふふっと笑う。銀茶色の巻き髪と、翠玉色の大きな瞳。快活で親しみやすい姫だった。
「ふん。ヴィオラがいると、『一緒に楽器を演奏しよう』だのと大変なだけよ」
「あらあら。お姉さまは、いつも、言葉と態度がちがうんだから」
ヴィオレッタ姫は、姉が自分と遊ぶのが大好きだと知っている。妹の中で、エウゲンニャは彼女だけを愛称で呼ぶほどに、親しみを持っているのだ。
「それより、そろそろ、寝ないの? 夜にグラシャの歓迎会を行う予定があるでしょう?」
吸血鬼は日差しが嫌いだ。朝九時頃に寝て、午後五時から起きるという生活リズムである。
「最近、よく眠れないのよ」
エウゲンニャは、深くため息をつく。妹が次々と生まれる旅に、両親の愛情が減っていくような気がしていた。昔のように、両親に甘えることも、もうできないのだ。
「三女のグラシーナも、今なら私の気持ちを理解できるかしら? 双子の妹が生まれた途端に捨てられて」
「そんな言い方しないで! ね。今日は楽しく過ごしましょう。せっかく、三姉妹で会う最初の日なんだから!」
妹の言葉に、ヴィオレッタは、窓越しに外を見る。ヴィオレッタはこの領地の景色が好きだ。だが、首都にある両親の庭園が一番美しい。まだ、両親の膝のうえで甘えることのできた時代に、過ごしたあの庭園が。
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