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朝方になると、雨が上がった。
朝焼けに染まった城は、この世のものとも思えない美しさを誇っている。そのなかを到着した馬車には、星と月が描かれており、窓の框は黄金で作られていた。輝く鎧を着た騎兵が、何人も馬車を護衛している。
エウゲンニャ姫は厳粛な顔で、ヴィオレッタ姫は微笑んで妹を待っている。
やがて、厳粛な三拍の舞曲が響いた。公爵家の三女であるグラシーナを歓迎する歌だ。やがて、蘇芳色のコートを纏ったグラシーナが、馬車を降りてくる。背中までの長くて美しい金髪と、湖のように澄んでいる青い目をした少女は、まだ思春期に入ったばかりだ。漂う気品は、公爵家に生まれついての者だけとは思えない。元からの性質によるものだろう。
「グラシャ、私たちの城へようこそ」
ヴィオレッタ姫は両手を広げて、愛称で妹を呼ぶ。だが、エウゲンニャは妹を一瞥するだけで微動だにしなかった。この三女が、自分から両親を奪った日の事を、まだ覚えているのだ。
「エウゲンニャお姉様、ヴィオレッタお姉様、お久しぶりです」
グラシーナはスカートの裾を持ち上げて、お辞儀をした。名前を呼び合うエウゲンニャとヴィオレッタと違い、グラシーナは姉たちを「お姉様」と呼ぶ。まだ、心の距離は遠く離れている。
「お二人のお姉さまには、これから、領地の管理について教えていただきたいと思っております。お父様は、お二人に従うようにと仰っておりました」
「従う、ね……」
エウゲンニャは、苦虫をかみつぶした顔をする。
グラシーナは、沢山の贈り物とともにやってきた。真珠のネックレス、黄金の指輪、白金の腕輪……柘榴石、金緑石、琥珀。どれも一級品だが、それはまるで「娘」に贈るものではなく、「取引先」に贈るものだ。
「ヴィオラ、この後すぐ、グラシーナに城の部屋と施設を紹介しなさい」
「ええ。でも、エウゲンニャはどこに行くの?」
「使用人たちの様子を見に行くわ。重要な宴ですからね」
エウゲンニャは言い終えると、背を向けて城に入った。それもまた、姉妹の情愛の見えない、まるで仕事の一つとしての言葉だった。
エウゲンニャが去った後の、グラシーナの悲しそうな顔を見て、ヴィオレッタが囁く。
「グラシャ、安心して。エウゲンニャは、あなたが嫌いなわけじゃないわ」
「本当ですか……?」
「そうよ。私がこの城に来たばかりの頃もね、エウゲンニャは毎日文句を言っていたの。どうして私が妹の世話をしなきゃいけないんだ、って」
「……たしかに、言いそうですね」
「でもね、私が眠れない時には、必ず私の部屋に来てくれたの。そうして、私が落ち着いて寝息を立てるまで、添い寝してくれたのよ」
ヴィオレッタの微笑みは、グラシーナに小さな力を与えた。公爵姫の三女は、姉たちと穏やかに過ごしたいと思ってやってきた。
「さ。行きましょう」
ヴィオレッタは妹の手を繋いで、城へと足を進める。グラシーナは公爵家の旗を見上げて、この家の栄光が続くことを願った。
三姉妹の公爵家系は、皇帝の親戚でもある。姉たちを失望させることは、すなわち、国の権威も貶めること。それを理解しているグラシーナは、この領地と姉二人を守ろうと決意を固めて、自分の住処となる城へと入っていくのだった。
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