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「前回、お姉様たちと一緒に食事したのは、随分前の事ですね」
宴会の席は、想定以上に豪華だった。首都で開かれている宴会も、これほどまでに壮観とはいえない。三十人も座れるながい机には、雉肉のゼリー、ボルシチ、鴨の香草焼き、鹿肉の薬草煮などが所狭しと並んでいる。
「私たち家族が揃うのは、そもそも少ないでしょう。いつ一緒に食事をしたかなんて、忘れたわ」
エウゲンニャは鹿肉の薬草煮を口に運びながら、冷たく返事した。
困った顔のグラシーナを見て、ヴィオレッタが口を添える。
「ええと、グラシャ、お父様たちと双子ちゃんは元気?」
「は、はい。半年前、お父様は皇室の書記長になりました。毎日、皇室の図書館で記録を作りつつ、毎月の中央議会にも出席しています。使用人がいても家に帰れず、お母様は双子姫の世話で大変そうですわ。そのおかげで、私の勉強を見る時間もなくなり、領地の勉強をしにこの城へ、と」
「そう。あなたも厄介払いされたのね」
エウゲンニャの言葉に、ヴィオレッタの顔がサッと青くなる。
「お姉様!」
と、いつもなら長女を愛称で呼ぶヴィオレッタの声が響く。
エウゲンニャも、気まずくなって顔をそむけた。
だが、グラシーナは言い返さない。どこで身に着けたのか、痛烈な皮肉を受け流すすべを知っているようだ。
「……エウゲンニャお姉様は、重い責任を負っていらっしゃいます。私の面倒までみるのは大変だと思いますが……どうぞ、末永くよろしくお願いいたします」
「……そう。まあ、素直な子は嫌いじゃないわ」
その時、窓の外から、大きな音がした。寒風が彩色のガラスを破って、窓の周辺を凍らせる。
「あれは……!」
三人の姫は、窓を見つめる。その瞬間、窓の外に、氷のような冷酷な両眼が、見えた。
「龍だわ!」
ヴィオレッタが立ち上がった。
龍。この吸血鬼とエルフの世界においても、絶対的な力を誇るもの。
白青色の翼を広げて、無数の雪花を纏っている。
龍はまた口を開けて「雹の息」を使った。だが、エウゲンニャが防御魔法をかけたおかげで、雹は窓にたどり着く前に解ける。
二度目の攻撃に失敗した龍は、今日は分が悪いと悟ったのか、森へと体の向きを変える。だが、エウゲンニャは逃さずに、窓のほうへ向かった。
「ヴィオラ! グラシーナを地下の避難室へ連れていきなさい」
「で、でも。エウゲンニャお姉さまは?」
グラシーナは震えた声で聞き返す。
「私は騎士たちを集めて、龍を倒してくるわ」
「そんな……。危ないです!」
「大魔導士の天文記録によると、これから一ヶ月間は、雨が良く降る季節なの。あの「雹龍」を倒さないと、領民に被害が出るわ」
エウゲンニャは、すでに立ち上がって、軍刀を抜いていた。既に、夜の山で龍を狩る心の準備は終えているのだ。
「幸い、あの龍は未成年。翼も、まだ小さいしね」
「あ、あれで小さいなんて……」
グラシーナは胸を抑える。
「この領地に、あんな危険な龍が出るなんて聞いていませんでしたわ」
「……私もよ。父さまたちにここに送られてから初めてみた龍は、今でも夢に見るくらい」
グラシーナは、その時に気づいた。
今は、三人の姫が城にいる。辛い時も、怖い時も話す相手がいる。だが、エウゲンニャは、そのすべてを一人で引き受けたのだ。眠れない夜も多かっただろう……。
「エウゲンニャ、私も一緒に行くわ」
「ヴィオラ。あなたはグラシーナを……」
「そうは言ってられないよ。長女姫であるエウゲンニャの側には、補佐である次女姫がいないと。ね?」
エウゲンニャはため息をついた。こうなったら、止めても無駄だ。
「分かったわ……。行くわよ」
そうして、長女姫と次女姫は、城を出ていったのだった。
何かを決意した、三女姫を残して。
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