はじまりの虹

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   肌を刺すような風が山で吹く。偶に響く梟と狼の鳴き声は、物静かな森への恐怖を増強させていく。  城の傍の森は、一年中霧がたっている。エウゲンニャ姫とヴィオレッタ姫は戦士を率いて、龍を探していた。 「エウゲンニャ……グラシャはひどく驚いたでしょうね」 「そうね。宴会の時に、龍が出たんですもの」 「違うわよ! あなたに冷たく当たられて。もっとグラシーナと話してみなさいよ。あの子は敵じゃない。あなたの妹なのよ」 「……今はその話をする時じゃないわ」  その時だった。霧のなかに大きな滝が出現した。銀白のしぶきが舞い、二人の姫の服も、冷たく濡れそぼった。 「これは……。今まで、こんな滝はなかったわよね!?」 「ええ……。あそこを見て! 龍だわ!」  彼女たちが対峙する「雹龍」は、水の化身でもある。水を操るのは、代の得意なのだ。 「早く倒さないと……!」 「騎士たち! 防御魔法を展開しなさい! 特攻隊長たちは、私たちと共に龍のもとへ向かうわ」 「はい!」  騎士たちも厳しい面持ちで頷く。  だがその時、約十メートル後ろの草叢から、轟音が轟いた。焔の弓が、龍の頭を狙って飛び出す。龍は咆哮を上げてその矢を避けた。 「もう少しだったのに……!」  そう言ったのは、グラシーナだった。もちろん、あの焔の弓もグラシーナのものだ 「どうしてここに!?」  エウゲンニャが叫ぶ。ヴィオレッタも目を丸くしていた。  内気そうに見えたのに、まさかこんなふうに龍に対峙しようとするなんて。 「私はお姉様たちを手伝いたいの。龍と戦う方法も、本を読んだことはあるわ!」  だが、グラシーナは、焔の弓を持っているだけ。鎧も着ていない。龍殺しの経験のあるエウゲンニャ姫とヴィオレッタ姫から見れば、不十分な装いにもほどがある。 「馬鹿!」  エウゲンニャの平手が、グラシーナにとんだ。  パアン……と。小さな音が、森に響く。  グラシーナは、公爵家の三女だ。父も母も、他の貴族たちも彼女のことを丁重に扱う。だから今まで、叩かれたことなんてない。ましてや、顔を。  呆然としていると、エウゲンニャが怒ったように顔を赤くして言葉を続ける。 「せっかく置いて来たのに! 怪我でもしたら、どうするのよ!」 「で、でも、お姉様……」 「はいはい、二人とも。その辺で」  怒る長女と、戸惑う三女の前を、次女が仲裁に入る。 「エウゲンニャ。心配だから城に居て、って素直に言えばいいのに」 「ち、違うわよ。私はただ、公爵家の三姉妹が全員倒れでもしたら大変だと……」 「はいはい。グラシーナ。あなたもよ。龍って言うのは、一度攻撃されると、気性が荒くなるの。本には書いてなかった?」 「ご、ごめんなさい。あの龍たちがお姉様たちを狙っているように見えて思わず……」  ヴィオレッタは苦笑する。まったく、この長女と三女は、似たようなところがあるかもしれない。どちらも、直情型だ。 「ウあああああああああ!」  姉妹の喧嘩のなかで放置されていた龍が、咆哮を上げる。俺のこと、覚えている? とでも言ってそうだ。 「ほら、龍も寂しそうにしてるわ。そろそろ、戦ってあげないとね」 「ああ、まったく! グラシーナ、責任は取りなさいよ。あの龍を倒すまで、もう帰さないからね!」 「も、もちろんです! 元素魔法は得意ですから、お姉様たちのサポートをいたします!」  三姉妹はそうして、龍に向き合った。  この時初めて、公爵家の姉妹たちは心を一つにしたのかもしれない。
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