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「お願い……。私の魔力、いうことを聞いて……!」
呪文の後、三女姫はそう呟いた。祈るように、願うように。
長女姫や次女姫が無事であるためには、この計画を成功させるしかないのだから。そう思うと、手が震えてしまう。足も震えて、経っているのがやっとだった。
だが、そんなグラシーナの腕を、誰かの手がやさしくつかんだ。
「心配しないで。私たちは貴女の傍にいるわ」
それはヴィオレッタだった。グラシーナはホッとした顔になる。この次女姫は、きっといつでも味方してくれるだろう、と思えた。
エウゲンニャは、複雑な顔になった。今日一日、カッコ悪いところを随分見せてしまった気がする。幼い三女姫に嫉妬して八つ当たりするなんて。自分が文句を言いたいのは両親になのに、と。
エウゲンニャはため息をついて、グラシーナの手を握る。
「お姉様……」
「私の魔力を、あなたに送るわ。焔魔法の力も、強くなるし……」
一つ、呼吸を整えた。エウゲンニャは公爵家の長女姫だ。皇帝の親戚でもあり、彼女を尊ばないものは、この帝国にいない。だから、これから告げる言葉は、人生に一回か二回しか、口からこぼれでないだろう。
「……ごめんなさいね。さっきは」
「……え?」
「ああ、もう! 聞こえなかったらいいわ!」
「き、聞こえましたわ。エウゲンニャお姉様! わ、私こそ、いきなりついてきてしまって……」
「もういいの。それより……、炎魔法が効いているわ!」
龍の雄たけびが、森のすべてに轟く。きっと、城の地下に避難した使用人たちも聞いているだろう。
本当はそこにグラシーナもいるはずだったが、今回は仕方ない。いや、ありがたい、といったほうがいい。グラシーナの機転のおかげで、龍を倒す道を見つけられたのだから。
「グアアアアアアアアアア!」
龍は叫び、己の鱗がひび割れて膨張していくのを驚いてみていた。そうして、最後に大きく吐血して、ドウッと森に体を横たえたのだった。
「やったわ!」
ヴィオレッタとグラシーナが、思わず叫ぶ。
龍は体を血につけるのは、封印されたときか、死ぬときだけだ。
「私たち、勝ったのね!」
次女姫と三女姫は、そう言ってエウゲンニャに抱き着く。
「ちょ、ちょっと! なんで私を抱きしめるのよ!」
「だって。嬉しくて!」
グラシーナが笑顔で言えば、ヴィオレッタがニヤニヤと笑う。
「ツンデレお姉さまも、成長したわね。ちゃんと謝れるなんて」
「う、うるさいわね。私は、別にそんなんじゃ……」
長女姫が顔を明るくしていると、グラシーナが空を見上げて顔を輝かせた。
「あ、お姉様!」
指をさした先には、雨上がりの空に、虹が浮かんでいた。
「珍しいわね。この時期に……」
エウゲンニャがそう言えば、ヴィオレッタが楽しそうに微笑む。
「昼の光は、半吸血鬼の私たちには毒だけれど……。たまにはいいわね」
「はい! 二人の姉様と、吉兆のしるしである虹を見れるなんて……。幸先がよさそうです!」
妹二人の声にエウゲンニャは苦笑する。まったく。今日は翻弄されてばかりだ。でも、それでもいい。この三姉妹なら、うまくやれるかもしれない。
「……よろしくね。グラシーナ」
「……! はい、お姉様!」
エウゲンニャとグラシーナが、手を握り合う。まるで戦友として握手するかのように。
三姉妹の新しい日々が、今日ここから、始まるのだった。
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