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『ある雨の日に軒下で雨宿りしていた青年に声を掛けた。「あの、もし、よろしければ雨宿りしていきませんか?」彼から返ってきたのは私にとって意外のものだった。「ご厚意感謝します。ですが、ここまで濡れていては店内を汚してしまいます。軒下だけ貸して頂ければ結構です」歯切れのよい言葉と姿勢の美しさに暫く見惚れてしまった。それでもよければと勧める。かの方は・・・・』
読み聞かせてくれる沙夜さんの顔をじっと見つめた。
「大叔母は彼が戦場から戻るのを待ち続けた様です。戦後も独身を通して30代半ばで亡くなりました。未だにこの店に留まり、待ち続けている様です」
沙夜さんは私へ微笑みを向けた。
「軒下で声を掛けると同じ言葉で店の汚れを心配し、初めて頂いたプレゼントはハンドクリーム。水仕事が多いだろうからと大叔母の身を案じてくれた優しい方。彼を思うがあまり負担になりたくなくて、素直な気持ちを伝えられない。後悔が心残りとなって、今世に留まる事にした。同じように辛く苦しい思いを抱える方々を天上への案内役として」
沙夜さんの言葉がどこか遠くで響いている様に感じて私は夢見心地だった。
80年前に亡くなっている方と言葉を交わして、救われたのは私だ。今更、怖い等とは思いはしないが、自分も待つ身で辛かろうにアドバイスまでしてくれて。
『雨よ降れ』と念じたのは想い人に会いたかったから。
「大叔母は役目を担う者です。独りで辛い時もあると思います。また、雨降る日にお越しになって下さい」
沙夜さんは静かに笑った。
雨降る午後二時、小さなカフェで、巴さんは今日も待っているだろう。
だから私は今日も念じる。
彼女に会うために『雨よ降れ』
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