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それから一月後、私は雨の休日に久しぶりに彼女のカフェに向かった。御礼と報告を兼ねての訪問。
所が、あんなに降っていた雨が駅に到着するとすっかり止んでいた。
「ここまで来て、それはないでしょう?」
広がった青空に毒づいてみる。でも、もしかしたらまだ店にいるかもしれない。淡い期待と共に私の足はカフェに向かった。
カフェの前までくるといつもより賑やかな雰囲気に店は包まれていた。しかも、雨は少し前に完全に止んだのにカフェの扉が開いている。
私は店に近づき、開いている扉から中を覗いて声を掛けた。
「ごめん下さい」
薄暗かった店内は天窓から差し込む日の光で明るく乳白色に輝いていた。
私の声に少し遅れて奥の厨房から「は~い」と声が聞こえた。
あれ?雨やんだのにまだやってる?出てきたのは彼女によく似た大学生位の女性だった。
「あの、いつも雨降りの日にお店に出ている方、巴さんはいらっしゃいますか?」
女性は一瞬驚いた顔をした後、私を店内に招き入れた。
調度品は同じなのにいつもと店内の雰囲気が違う。よくよく見るとカップ類が全てミントンに変わり、ガレのランプもよくあるアンティークの物になっていて電灯も点いている。
店内をキョロキョロと観察していると女性があの重厚な洋書風の本を差し出した。
「私、桐谷沙夜と言います。巴は大叔母で80年前に亡くなりました。これは大叔母の日記と言うか、手記です。この店は大叔母の形見で、遺言に従い今でも桐谷の家が経営しています。ただし、6月から8月末までの三ヵ月間は普段の営業はしていません。これも大叔母の遺言です。私は今日はアルバイトです」
彼女は巴さんの手記を丁寧にめくって、中ほどを開いた。
出だしに『雨よ降れ』と書かれたそのページは軍医に従属し、帰らぬ人となった医学生の青年が記されていた。
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