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モノクロの雨
雨が降る。
世界が色褪せていく――。
まあ、白黒漫画みたいなものだ。
雨に打たれたものから色は抜け落ち、白と黒になる。最初は驚いたけど、そのうち慣れてしまった。すっかり雨に打たれた街並みの中で、色があるのはわたしくらい。
でもわたしを雨から守ってくれるお気に入りの水色の傘は、すっかり黒色。道路標識も白抜きに黒字。カラフルだったおもちゃ屋の屋根も、モノクロ。
足元を、溶けだした色に染まった雨が流れていく。
「桃、危ないよ。雨の日に外にいるなんてさ」
顔を上げれば、幼なじみが二階の部屋で顔をしかめていた。おせっかいなのだ、彼は。白黒の家に、彼の部屋や彼だけは色がある。当然だ、室内まで雨は入らない。
「いいのー!」
わたしは背を向けて、歩き出した。
この不思議な雨が振り出してからというもの、雨の日は外に出てはいけないことになっている。だって外に出て雨に当たれば、身体から色が抜けてしまうから。
じめっとした空気の中で、首元のネックレスが冷たく感じた。チェーンを指先でいじりながら、モノクロの道を歩く。
そういえば、今年のお祭りは雨の予報だ。きっと中止だろう。
提灯が灯るはずだった神社の石段が見えてきて、なんとなくかわいそうになったから、わたしは石段を駆け足でのぼった。雨乞い祈願から建てられた、小さな神社なのだそうだ。この雨が降る中では、だれも祈りになんて来ないだろう。
財布から五円玉を出して、賽銭箱に放り投げた。
「あめあめ ふれふれ かあさんが」
口ずさみながら、歩き出す。
雨が降る。わたしは水たまりを踏みつけて石段を降りた。跳ねた雨粒が靴下の色を落としていく。あーあ、お気に入りだったのに。
お祭り、中止になるなら、それでいいや。むしろ、そのほうがいい。今年はどうせ、行く予定がなかったから。
「こんにちは」
「わっ」
ふいに声をかけられた。びっくりして振り向けば、男の人が立っていた。すらっとしていて、なかなか美形だ。この雨の中、わたし以外に出歩いている人がいるとは。
「――雨、もっと降ってほしいのですか?」
彼は、わたしがついさっきまでいた神社を指さした。見られていたのだろうか。だれもいないと思ったのに。
「べつにそんなんじゃ」
と言いかけて、わたしはすこし考えて、うなずいた。
「そうですね、降ってほしいです」
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