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珍しいですね、と彼は笑った。わたしは道を歩きながら、くるっと傘を回して雨粒を飛ばした。跳ねた雨粒はバス停の標識に当たって色を溶け出させていく。
彼はなぜだか、わたしの後ろをついてきた。
「色に恨みでもあるんですか」
「ないですよ、べつに。でも色がなくなるの、面白いじゃないですか」
「面白い」
「こんな魔法みたいなことが起きるなんて、面白いでしょう」
くるくると、傘を回す。色を失わせる雨は、どんよりとした空から降り注ぐ。
「全部消して、淡々とした世界にしてくれるなら、それでいいんです」
わたしは思い切って、傘を投げ出した。しとしとと降る雨の中に躍り出る。こんなことをする人間は異常だ。でも彼は、驚く様子もなくわたしを見ていた。
雨が当たった場所から、色が流れだす。服から、肌から、だんだんと。わたしも、モノクロになっていく。
「いいんですか、そんなことして。せっかくきれいな色をしているのに」
もったいないと言いたそうな顔に、わたしは笑った。
「いいの。だってもう……、褒めてくれないですもん」
「褒めて?」
首をかしげる彼に、わたしは笑みを深める。
「かわいいじゃんって言ってくれた傘も、いいねって言ってくれたお気に入りの服も。もうなにも意味がなくなっちゃったんですよ」
彼はやっぱり首をかしげていた。
幼なじみに、いつのまにか恋人ができていた。おしゃれして、かわいいって言ってほしくて、努力していたわたしがバカみたいだ。全部意味なんてなかった。
「だから、もういらないんです」
とんとんとん、と雨の中を数歩進んで、わたしから落ちた色をふくませた雨が流れていくのを見守った。
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