11人が本棚に入れています
本棚に追加
「それにしても、不思議な雨ですよねえ。どういう原理なんだろう」
わたしは空を見上げた。重い雲が立ち込めた、暗い空。雨粒が降ってくるのが、なんだかゆっくりと見えた。落ちてきた一粒が、わたしの目に落ちた。
すっと、その瞬間、自分の心が静かになった。
ああ、そうか。心からも色を消していくのだ、この雨は。モノクロで、つまらない心にしていく。それもいいかもしれない。もう、泣かずに済む。
これでいい。これで、いい。
そう思ったとき、後ろから傘が差し出された。
「捨てていいものですか、それは」
彼はじっとわたしを見つめてくる。
「……いいですよ」
「では、これもいらないですね」
いつのまにか、彼の手の中にはネックレスがあった。金色のリボンに、真ん中に桃色の石がはめ込まれたそのネックレスを見て、わたしははっとして首元を触った。ひんやりとした感触がない。いつのまに盗られたのだろう。
「返してください」
「でもいらないんでしょう?」
「いらないですけど……、でもそれは、もらったものだから」
去年のお祭りで、幼なじみが買ってくれたのだ。なんてことはない。安物だし、射的の景品だった。遊びのついでに、手に入れたもの。だからべつに、いらないのだけど。
「いらないなら、いいでしょう?」
にこりと笑ってその男は、突然、走り出した。
「えええっ、ちょっと! 返してくださいってば!」
わたしも慌てて駆け出した。傘をさした彼より、手ぶらなわたしのほうが走りやすいはず。それなのに、どうにも追いつけない。それどころか、相手は余裕の顔なのに、わたしのほうが必死に息を乱していた。
「返してって言ってるじゃないですか!」
最初のコメントを投稿しよう!