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雨の中を全力で走るなんて、はじめてだった。どうして、わたしは走っているんだろう。
毎年毎年、お祭りには幼なじみと一緒に行った。理由なんてなくて、ただ、それがお決まりになっていたのだ。でも、なにかをプレゼントしてもらったのは、あのネックレスがはじめてだった。桃はやっぱり桃色かな、なんて言って渡してきたのだ。
本当は、桃色ってあんまり好きじゃない。わたしは水色が好き。だから桃って名前も苦手。それでも、なんだか無性にうれしかった。
――ほら、やっぱ似合う。
――そうかなあ。わたしのキャラじゃないんだけど。
――そんなこと言うなって。せっかくあげたんだからさあ。
――まあ、ありがたくもらってあげるよ。
すこし膨れた彼を笑って、ずっとそんな風に過ごしていくんだと思っていた。
でも今年は、彼は恋人とお祭りに行くのだそうだ。きっとわたしが彼からプレゼントされるのは、あのネックレスが最初で最後になる。
お祭り、中止になればいいのになあ、なんて、てるてる坊主を作ってみたりした。逆さに吊るせば、雨が降る。そうなったら、いいのにな――……。
「お願い、返して……!」
叫んだとき、前を走っていた男は、突然足を止めた。どうにか追いついたわたしに、ネックレスを差し出してくる。わたしは驚いて、彼を見つめた。
「大事なものは、しっかり握っていないと駄目ですよ」
どうぞと返してくるネックレスへ、わたしは手を伸ばしながら怒った。
「なんなんですか! こんなことして!」
「いえね、あなたの本心を知りたかったものですから」
「本心?」
「失いたくないもの、あるんでしょう?」
じっと見つめられると、なんでも見透かされてしまいそうな瞳だった。けれど知られるわけにはいかない。まだ幼なじみのことを好きだなんて。わたしはこの期に及んで、首をふって虚勢を張った。
「べつに、ないですけど……」
「ああ、そんなことを言っているとバチが当たりますよ」
「え?」
そのとき、空から降ってきた雨粒が、ぴとっと、ネックレスの石に落ちた。あ、と思う間もなく、桃色は溶けだして、流れていく。それを見たとたん、わたしの心が揺れた。
せっかくきれいな色だったのに。桃色もいいかなと、思えたきっかけだったのに。その色が雨に溶けて消えていく。
「あ、駄目……!」
そんなことを言っても、色は落ちるだけだ。ただ、淡々と。石が、白くなる。
ほろ、とわたしの頬を、雨ではない雫が流れた。
「いらないのではないですか?」
「いらないですよ、そんなの! いらないけど、でも……!」
それでも落ちていく涙が、ネックレスの石に落ちた。
「この雨は、あなたが望んだから降っているんですよ」
男が、ふいに言った。
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