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でも、どうやって。そう思うわたしの心を見抜いて、彼は言った。
「願えば叶います。不思議な雨が降っているくらいです、色を取り戻すこともできると思いませんか?」
わたしはモノクロに染まった街並みを見まわした。この世界に、色を。
「あなたの降らせた雨。やませることにも、あなたの力をお借りしましょう」
彼はそう言って、わたしの握るネックレスを示した。わたしはネックレスの、色が落ちてしまった石を見下ろす。その石に乗っているわたしの涙のひと粒が、じわりと、石にしみた。まるで紙にインクがにじむように。
驚くわたしに、彼は静かに言う。
「願ってください」
わたしは目を閉じる。声がわたしを促す。
「あなたの大切な色を思い浮かべて」
幼なじみが似合うと言ってくれた、淡い桃色。わたしの、大切な、なくしたくない色……。わたしは、必死に願った。あの色を返してほしい。
じんわりと、ネックレスが熱くなった。びっくりして目を開く。そのわたしの目に、石の内側からじわりじわりと色が染み出していくのが見えた。思い浮かべたとおりの、桃色が。
あ、とわたしは息をこぼす。ぎゅっと握った。わたしの初恋。
「すてきな色ですね」
彼は微笑んでわたしの腕を取ると、とん、と桃色の石を指先で叩いた。
その瞬間だった。
石から、淡い光がこぼれた。それは足元の水たまりに落ち、雨水をつたって街に広がっていく。
「雨は、人を救うものでもあると、知ってください」
呆然としていると、彼はのびやかに歌った。
「あめあめ ふれふれ」
もう一度、桃色の石を指先ではじく。淡く輝く足元の雨が、突然、空に立ち昇った。
「わっ」
街中の雨が、空に帰っていく。それは不思議な光景だった。街の色をにじんだ雨が重力も無視して昇っていくのだ。空に帰る雨なんて、だれだってはじめて見るだろう。
彼はくるっと傘をまわした。とたん、昇った雨たちが、今度は一斉に街に降り注いだ。
岩をも打ち砕くような雨音に、わたしは目をぎゅっと閉じた。身体を打ち付ける雨は、けれど不思議と、あたたかかった。そっと目を開く。雨粒に当たったわたしの肌が、服が、じわじわと色を取り戻していた。
はっとして街並みを見まわす。
雨に降られたところに、色が戻っていく。モノクロだった世界に、色とりどりの雨が降り、色が染まっていく。
絵の具を無邪気に散らしていくような光景は、楽しげでもあった。けれど、空から色が与えらえる光景は、神秘的でもあった。わたしはじっと雨の降る様子を見つめた。
男は、楽しそうに鼻歌を歌っている。
くるくるくる、と彼が傘を回し終えるときまで、街には色とりどりの雨が降り注いだ――。
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