そうさくへん

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そうさくへん

 相変わらず、事件現場は黄色のテープで囲まれていた。  僕は顔なじみの警官に挨拶したのちに、依頼人の恵美さんとともに鯨木家に踏み込む。当然ではあるけれど、鯨木邸に踏み込むのはこれが初めてであった。  改めて間近で見る鯨木邸は、やはり遠くから眺めるのとは雲泥の差だ。やはり敷地面積が広い。建築にもかなりお金がかかっていることが分かる。  しかし今、それより目につくのは土砂崩れだった。 「これは……ひどいな」  中庭から鯨木家玄関口までがすっかり土砂で埋まってしまっている。これでは外に出ることもままならないだろう。僕は恵美さんの案内で、別方向にある勝手口から鯨木家に入った。 「ここが地下室に向かうための床扉です」  しばらく進んだ廊下の途中にそれはあった。幅は横七十センチ、縦百センチほどだろう。階段状にした場合の角度も急すぎるものではなく、複数人で降りていくには少し窮屈といった具合だ。  殺害現場を見るのは辛い、という恵美さんに代わって、警官に先導してもらいながら地下室へと降りていく。階段を下りた先には一メートルほどの廊下があり、その先にひしゃげた形の扉があった。三留さんがてこで破壊した痕跡だろう。 そしてその先に、それはあった。 白のテープで囲まれた人型。 殺人現場である――僕は現場へ踏み込んだ。 「……それにしても、広いな」  と、殺人現場に踏み入っての第一の感想はこうだった。いくらアトリエ、広さが要求される場所であるとはいえ、地下室という条件上、どうしたって狭い部屋を想像していたのだけれど、広さはおそらく、ちょっとした教室くらいはあるだろう。  スマホを取り出し、一応報告用に撮影をしておく。アトリエというだけあって、現場は画材や資料で埋まっている。パレットを洗うための洗面台まで付属していた。全面がコンクリートの打ちっ放しで、「赤の使徒」の名の通り、いたるところに赤の絵の具が跳ねている。  警官によると、死亡推定時刻は微妙な差異はあるものの、ふたりとも深夜三時前後であることが分かった。ただ、深夜という時間帯はどうしてもアリバイが作りにくい。容疑者となる五人のうち、アリバイがあった者はひとりとしていなかった。凶器は寧子さんの身体に刺さったままであったという。  家の見取り図は警官から受け取った。なるほど、地下室はちょうど、鯨木家の玄関の真下に位置している。ここまで近ければ土砂崩れの音も聞こえそうなものだけれど、それだけ遮音構造がしっかりとしている、ということだろう。  あるいは、土砂崩れ当時、ふたりはすでに亡くなっていたのか。  ……さて、これでカガ姉からのおつかい要件は満たされた。僕はチャットアプリで、カガ姉に仕入れた情報を送信する。ややあって、姉から返信が返ってきた。 「犯人が分かりました」  ……ええと。  はやすぎない?
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