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私は雨が好きだ。
人を殺した時、簡単に血を洗い流せるからだ。
「どう? 正義くん。熱い? 冷たい? 痛い? 苦しい?」
土砂降りの雨の中。
山奥にある、誰も立ち寄る事のない、錆びれた公園で。
赤く染まるナイフへ視線を落としながら、私は元カレだった何かに声をかけた。
私に声をかけられたソレは、ちょうどその中心部に倒れ伏し、横殴りの雨にうたれている。
うつ伏せに倒れる彼の腹部から、私が刺した痕から溢れる血が、赤い花を咲かせるように滲んでいた。
血を、そして熱を、時間経過と共に消費してゆく彼は、青くした唇を何とか動かし、言葉を吐き出した。
「……アヤメ、何故、こんな事を? やっぱり、君が犯人だったのか……?」
喀血しながら、怒りの滲む瞳で私を睨みつける。
言っている意味がわからない上に、罪を犯した意識がない彼に対し、強い怒りを孕んだままの私は、彼の顔を蹴り上げて仰向けにさせる。
そしてそのまま馬乗りになり、手に持っていたナイフを、先ほど刺した場所と同じ腹部に捩じ込んだ。
口から血泡を吐き散らして呻く彼の腹部に、私は何度も何度もナイフを刺し続ける。
彼が息絶える、その時まで。
「またそういう訳のわからない事を……! なんでこうなったかも、わからないって言うの……?」
「がっ……! やめっ……!」
「わからないなら教えてあげる。──あなたが、浮気をしたからだよ?」
足をジタバタとさせて暴れる彼に、私はナイフを突き刺した。その度に体がびくんと跳ね、顔に血が付着する。
レインコートを着ているから、中の服はある程度大丈夫だけど、やっぱり顔につくのは嫌だなぁ。
なんて、彼に対する愛がとんと冷めてしまった私は、彼が動かなるなるまで延々と、ナイフを刺し続けた。
数分後にはすっかりと動かなくなり、刺す事に飽きた私は、ナイフをその場で適当に転がした。
はぁ、とため息をつき、ただの肉塊と化した元カレへと視線を落とす。
何故殺されたのか。そんな疑問が滲む表情で息絶える彼の瞳に、すっかりと朱で染められた私が写っていた。
土砂降りの雨だから、すぐに洗い落とされるだろうけど、この喪失感は暫くの間引き摺るだろう。
以前もそうだった。
付き合っていた時の楽しかった思い出や、幸せな記憶。それら全てが消えてなくなり、心にぽっかりと大きな穴が開くのだ。
これまで付き合ってきた男は、17年という短い人生の中で、たったの34人。
正義くんを含めたら35人目な訳だけど、殺す度に残存する虚無感と喪失感だけは、この大雨でも決して洗い流す事が出来なかった。
もっと雨足が強くなれば、暗澹とした心の闇を、綺麗さっぱり消し去ってくれるかもしれない。
そんな想いから、より強く雨が降るように祈るけれど、恐らくそれは私の心象の問題ではなく、「死んだ彼の死体をどうするか」についてだろうと、雨にうたれ、冷え切った頭で、そう思った。
「……死体、どうしよう。そのまま川に流すか、埋めるか、バラバラにして捨てるか」
結局のところ、死体の処分が面倒だというのが今の私の想いで、もう彼の事なんて何とも思ってないんだなと、自分自身を俯瞰的に見る。
……好きだった。心から。
愛していたと言っても過言ではない。
けれどこの男は、そんな私の愛を弄び、裏切った。
信じていたのに。
彼なら、私の理想の王子様になってくれるって信じていたのに。
私を裏切り、影で他の女と連絡を取り合って、挙げ句「君が犯人だ」なんて、訳のわからない事を言い出して……。
「……もういいや。ノコギリもスコップも無いし、適当に捨てよう」
独り言を呟きながら、私は彼と過ごした思い出を振り払うように、頭を振った。
何でこんな事になるんだろう。どうして私がいるのに、浮気なんかしたんだろう。
安定しない精神状態の中、私は彼の死体を引き摺りながら、これまでの事を思い起こす。
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