喫茶店でキミに傘を

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 わたしにはお気に入りの喫茶店がある。  その喫茶店は住宅街の中にこじんまりとあって、良く言えばレトロチックで侘び寂びを感じる。悪く言えば古臭くて寂れている。  お客さんだって、わたしの他に一つか二つくらいしか席が埋まっているのを見たことがない。それも、ご近所さんらしき顔なじみの高齢の方やおばさん。  そんなだから、わたしが紅茶一杯だけ注文して居座っても、店長のおばあさんは何も咎めてこない。商売をする気があるのか無いのか。他人事ながら、明日には突然、閉店しているんじゃないかと心配になってしまう。  珈琲や紅茶の香りが調和し、店長の趣味らしき音楽――詳しくないので曲名は分からないが、ゆったり系のクラシックやジャズやボサノヴァなんかが規則性があるのか無いのか、ランダムに――が心地いい音量で流れていて、なんだか本当に時間がゆっくり流れている様に感じるこの喫茶店がわたしは気に入っていて、勉強や家の煩わしいことだったり、何かに付けて逃げるように来ている。  高校の友達――愛美(めぐみ)に言ったら、もっとオシャレなお店に行きなよ。そうでもなくても朱梨(あかり)は地味なんだからさ。老けるよ? なんて失礼なことを言われてしまうけど。  そんな、わたしにとっての安らぎ空間。落ち着ける場所のはずなのに、今日は違う。  お気に入りの、店前の道路や空が見渡せる窓際のテーブル席、いつもの定位置に座っているというのに、わたしの心はちっとも落ち着かない。今日の、今にも雨が降り出しそうでぐずついた曇り空のように、鼓動は早く鳴っている。  理由は、分かりすぎるくらいに分かっている。  小説を読んでいる目線だけを動かし、カウンター席に座る人物をこっそり見る。  落ち着かない原因は、彼。
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