御曹司

1/5
前へ
/203ページ
次へ

御曹司

 家に帰ってからも、靄がかかったように、頭の中がボーっとしていた。  今日あったこと全てが、幻想の世界での出来事みたいに思えた。  別れ際の佐々木の笑顔を思い浮かべる。  彼の好意に気付かないほど、里帆は鈍い女ではなかった。  あんなに素敵な男性が、私のことを……。  里帆は、両頬に手を当て恥じらった。その姿は、どこからどう見ても、恋する乙女だった。  それから3日間ほど、何事もなく過ぎていった。  夕方。里帆が何をするでもなく、ぼんやりと佐々木のことを考えていると、夢見心地な彼女を現実に引き戻す声が、聞こえてきた。  「何ボサっとしてんだよ。ただいまって言ったんだが?」  「あ……ご、ごめんなさい」  彼女の夫である広高の帰宅だ。いつの間にか時間が経っていたらしい。  広高は、不機嫌そうである。  仕事で嫌なことがあったのだろうか。  里帆は、ビクビクしながら、  「おかえりなさい。今日もお疲れ様。いつもありがとうございます」  とお馴染みの挨拶をした。  広高は、いくらか溜飲を下げたらしく、「ふん」と座椅子に腰を下ろし、テレビをつけた。  夕食の時間は、穏やかに過ぎていった。  気のせいだったのかしら……と里帆が安心していると。  「おい」  と急に呼ばれた。  「はい。どうかした?」  「お前は、俺のことをどう思ってる?」
/203ページ

最初のコメントを投稿しよう!

495人が本棚に入れています
本棚に追加