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御曹司
家に帰ってからも、靄がかかったように、頭の中がボーっとしていた。
今日あったこと全てが、幻想の世界での出来事みたいに思えた。
別れ際の佐々木の笑顔を思い浮かべる。
彼の好意に気付かないほど、里帆は鈍い女ではなかった。
あんなに素敵な男性が、私のことを……。
里帆は、両頬に手を当て恥じらった。その姿は、どこからどう見ても、恋する乙女だった。
それから3日間ほど、何事もなく過ぎていった。
夕方。里帆が何をするでもなく、ぼんやりと佐々木のことを考えていると、夢見心地な彼女を現実に引き戻す声が、聞こえてきた。
「何ボサっとしてんだよ。ただいまって言ったんだが?」
「あ……ご、ごめんなさい」
彼女の夫である広高の帰宅だ。いつの間にか時間が経っていたらしい。
広高は、不機嫌そうである。
仕事で嫌なことがあったのだろうか。
里帆は、ビクビクしながら、
「おかえりなさい。今日もお疲れ様。いつもありがとうございます」
とお馴染みの挨拶をした。
広高は、いくらか溜飲を下げたらしく、「ふん」と座椅子に腰を下ろし、テレビをつけた。
夕食の時間は、穏やかに過ぎていった。
気のせいだったのかしら……と里帆が安心していると。
「おい」
と急に呼ばれた。
「はい。どうかした?」
「お前は、俺のことをどう思ってる?」
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