冷めきった結婚生活

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冷めきった結婚生活

 「メシ」  「はい」  とあるアパートの一室で、男が女に命令している。  この男女は夫婦であった。結婚三年目の。  三年前同じ会社で働いていた二人は、どちらが誘うまでもなく意気投合して、トントン拍子で結婚までいった。  夫である広高(ひろたか)は、今年32歳になる。外では人当たりが良く爽やか。真面目で仕事振りも素晴らしいが、家の中では打って変わって、妻を顎で使い、少しでも癪に思うことがあったら、言葉の暴力を浴びせるといった具合であった。  妻の里帆(りほ)は25歳で、どこにでもいる専業主婦である。飾れば化けそうだが、いつも質素な服にナチュラルメイクなので、どうにも素朴で目立たない感じだ。  「リモコン」  「はい」  里帆がテレビのリモコンを渡すのを、広高は黙って受け取る。  食卓に会話がなくなってから、どれくらい経っただろう。  里帆は、テーブルに置かれた二つのカップを見る。  結婚してすぐに買った揃いのマグカップ。  今では、ただの物質でしかない。夫にはこれを買った時の記憶なんて、欠片も残っていないだろう。    思わずため息がもれそうになって、ぐっと我慢した。  以前そうしたら、夫に酷くなじられたからだ。  お前は家にいるだけなのに、何を疲れることがあるんだ。頑張っている旦那の前で、これみよがしに何だ。  他にも、誰のおかげで飯が食えると思っているんだとか、お前は妻失格だとか、正座させられた状態で、一時間近く一方的に説教された。  昔は良かったのに。いつからこんなふうになってしまったんだろう。  里帆は、再びため息を飲み込んだ。
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