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「妻がどんなに役に立たなくても、簡単に見限っちゃ駄目だぞ、とも助言してやったんだ。あいつは、甘やかされて育ってるだろうからな。我慢ってものを知らないみたいだから、俺みたいにしぶとく耐え忍ぶことなんかせず、さっさと離婚しちまいそうだ」
耳を疑う言葉の連続に、里帆は気が遠くなりそうだった。
「注意されたことが、気に食わなかったんだろうな。そいつが俺にこんなことを言ってきたんだ。『もっと奥さんに感謝した方がいいですよ。愛想つかされちゃいますよ』って」
夫は、その時のことを思い出しているのか、憎々しげに口にした。
里帆は、夫が求めてることが何なのか、次第にわかってきた。
「私は、あなたのこと、良い旦那さんだと思ってる。私なんかには……もったいないくらい」
「だよな」
夫が満足げに頷く。
途中から里帆の声が震えたことには、気付いてないみたいだ。
里帆は、思ってもないことを口にするのが後ろめたくて、一瞬だけ声が上手く出せなくなったのだ。
「お前が俺に感謝することはあっても、俺がありがたがる道理はないよな。お前は妻として当たり前のことしてるだけなんだから」
涙が出そうになって、歯を食いしばる。
もう嫌。もう限界。
夫の言葉の一つ一つが、矢のように突き刺さる。
里帆は、この世から消え去ってしまいたいような衝動に犯されかけた。
そんな感傷を吹き飛ばしたのは、夫の口から見知った人物の名前が、出てきたからだ。
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