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人が倒れていた
佐々木との出会いは、里帆が買い物からの帰り道、道路で倒れている彼を発見したことから始まる。
人が倒れているところなど見た事がない里帆は、すっかり動転して、冷静な判断ができなくなった。
ただでさえ彼女は、度重なる夫からの暴言に、精神力を削られていた。
病んでいる人間の判断力など、赤子以下だ。里帆があのような行動に出たのも、おかしくなかった。
佐々木に駆け寄って、朧げながら意識があることを確認した里帆は、救急車を呼ぼうとしたのだが、そこでハッと先ほど買った食材のことを思い出した。
どうしよう、これを早く冷蔵庫に入れないと。出費を増やしたら、夫に怒られる。人の金で無駄使いしやがってって舌打ちされる。でもこの人を放っておけない。でも食材を早く冷蔵庫にしまわないと。どうしよう、どうしよう、どうしたら——。
里帆は手が震えてきた。おろおろと視線を彷徨わせていると、自宅であるアパートが目に飛び込んできた。
そうだ。家で彼を介抱しよう。ここから目と鼻の先だから、女の私でも何とか引きずっていけるだろう。
冷静でない里帆は、その思い付きをこの上もない妙案と信じ、ぐったりとした見知らぬ男をアパートの一室まで引きずっていった。
佐々木は、里帆が何をしようとしているのかを察して、彼女を制しようとしたが、息も絶え絶えな不調では、うまく言葉にすることも出来ず、せめて親切な彼女の負担にならぬよう、なるだけ体重をかけないようにするのが、精一杯だった。
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