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兵馬は、初対面から馴れ馴れしい奴だった。「お前、カブトムシとクワガタどっちが好き?」って初対面の相手に聞くことでもないし、そんなこと聞いてくる中学3年生も前の町では見かけなかった。
いつも8つ下の弟とばかり遊んでいるので、思考が低学年男子のままのようだった。その割に図体だけはでかくて担任よりも大きかった。身体と精神がミスマッチしている変な奴だというのが印象だ。のちに精神も身体にじょじょに追いついてくるが、相変わらずの阿呆はあまり変化はしなかった。
「藍はさ、」アイと書いてランと呼ぶ俺の名前は初見で揶揄われがちだったが、兵馬はカッコいいなと言ったきりだった。
「こっちとこっちのデザインだったらどっちがいいと思う?」
と、自分のサインを書いて見せてきている。右はなんだか角ばった岩のようで、左は馬みたいな不思議な生物に見えた。
「こっちは、英語でヘイバって書いてあって、こっちは、名前に入っている馬をマークにしてみたんだけど。」
と、言って説明をくれた。
ああ、やはり馬だったのか。これで豚とか言われたらどうしようかと思った。
「何に使うんだよ。」
「今度、農家の息子集めてアイドルみたいなことするんだって。俺、サブリーダーなんだよ。」
「は?お前がアイドル?なんだよそれ。」
「え、よっちゃんから聞いてないの?総合プロデュースだよ。」
よっちゃんは俺の母親で、おばちゃんと呼ばれることを頑なに嫌がり、息子の友人にちゃん付で呼ばせている。農協のボスだから、仕事関連のことでよく話している。
「なんか、米だけ作っても売れる時代じゃないから、作ってる俺らをアピールしていくっていうことらしい。」
「そんなんで、米が売れるのかよ。」
「まずは、やってみてじゃない?代田んちも参加だぞ。」
「うえ、いやいや継いだ農業で、またも変なことさせられるのかよ。」
「いやー、それが、代田が実はアイドルとかめっちゃ詳しくてノリ気満々なんだよ。」
「え、実はアイドルになりたかったとか?」
「いや、推し活って言うんだっけ?好きな子がいるだって。もしかしたらお近づきになれるかもとか言ってた。」
「こんな、ド田舎でアイドルやって売れるわけないじゃんか。」
「まずは、やってみてだって言ったじゃん。藍もやる?」
「ぜってー、やらない。」
「はは、そういうと思ったよ。」
「お前はいいのかよ。」
「ん?何が?」
「アイドルってやつ。」
「あー、まあ米作ってるだけってのもあれだし。いい気分転換にはなるかなって思ってる。」
「もし、万が一にでも、いや、億が一にでも、売れたりとかしたら、お前モテたりするのか?」
「え、それはどうだろう。」
「モテたいのか?」
「俺は藍だけでいいよ。」
そういうことをサラッと言えるのが兵馬で、サラッと流せずに顔を真っ赤にしてしまったのが俺だ。
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