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付き合ってくださいと言ったこともないし、付き合ってくれとも言われた覚えもない。
でも気が付けば兵馬とはずっと一緒だ。
中学校も、高校も町に1校ずつしかないし、クラスなんて分けるほど人もいないからずっとクラスメイトだ。
別々の職場に就職になった今も、気が付けばしょっちゅう役場にやってくる。
田舎あるあるなのか、来客用の駐車場はほとんど軽トラックが停まっていて、そのなかに真っ青な車が入り込んでくると目立って仕方がない。
「あ、へいちゃん来たね。」と、窓際近くの上司が頼んでもいないのに教えてくれる。
山深い町の中で唯一開けた土地に建っている役場は外観こそまあまあに年季が入っているが、内観は去年大規模改装が入り、なかなかに過ごしやすい職場になった。冷暖房はちゃんと入るし、網戸があるから虫もあまり入ってこない。エレベーターもあるから2階の窓口だろうとじぃじやばぁばはどんどん話をしに来る。職員休憩室なる高貴な場所も爆誕した。昼にそこで弁当を食べていると、よく兵馬もやってくる。お前は職員じゃないだろ、と言っても、俺よりも顔なじみが多いので誰からも咎められない。今日も臨時職員さんからお新香をもらっていた。俺も御相伴に預かったので強く言えなくなっていた。
「2人はいつも一緒ね。」
そう言われた。言われて気が付いた。ああ、そうか、いつも隣にいるかもしれないと。いつも居すぎて空気みたいになっていた。この場合の空気はあってもなくても気が付かないじゃなくて、いないと不安になるような存在だ。
「藍が、俺がいないと寂しがるんで。」と、兵馬は冗談めかして答えた。
「いやいや、兵馬の方が、俺がいないと夜も眠れないんで。」
「いやいやいや、実際俺が研修でしばらくいなかったとき、毎晩電話かけてきたのって誰でしょうね?」
「初任者研修で留守にしていた時、毎日うちに来ていたって母さんからきいたけど?」
「それは、よっちゃんが一人で大丈夫かなと思って。」
「その割には、ずっと俺の部屋に居たんだってな。」
「あー、もう、それは!」
売り言葉に買い言葉でどんどん声のボリュームが大きくなっていたようで、気が付けば休憩室のみんなが耳をこちらに向けていた。
「ほら、もう、休憩時間終わる。お前も田んぼへ帰れ。」
「田んぼへ帰れって、蛙かなんかと思われてる?」
「どっちかっていうと、ゲンゴロウかな。」
「うわ、ひで、でもゲンゴロウってな、、、」
話が終わらない兵馬をなんとか休憩室から連れ出して役場から追い出した。
その夜、兵馬からLINEが来ていた。
『ゲンゴロウって、田んぼの中を掃除してくれるいいやつなんだぞ』
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