第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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彼女はぶん、と大きく一回頭を振ってから吹っ切れたように一転、晴れ晴れとした顔をわたしたちに向けた。 「普段は全然こんなじゃないのよ、わたし。お仕事は楽しいしお客さんも先輩も同僚も、みんな優しくしてくれる。けどちょっと、気持ちの波みたいなものかな、これって。…たまには職場を離れて気分転換した方がいいみたい。何せ仕事場も生活する場所も。ずっと一箇所にとどまりっ放しだからさ…」 だよね。 自分が同じ立場だったら、と仮に思うだけで気分がめげる。なんて、とても今ここで口にはできない。サルーンのメンバーに選ばれる女の子たちは集落のトップエリートで、身内からも誇られる大変に晴れがましいことなんだ、ってのがここでの共通認識なんだから。 それはわかってるけど、ちえりちゃんが今口にしたのもごく正直な思いだろう。ってのは痛いほど理解できるから、わたしはごく優しく、穏当な慰めの言葉をかけてさっきのお返しにと彼女の肩をそっと撫でた。 「また近いうちに、家にドレス作りに来て。ちえりちゃんはスタイルよくてかっこよくて見栄えがするから本当に衣装の作り甲斐があるって、うちのお母さんも張り切ってたよ。…いっそオーダーなんか別に口実でもいいわけだしさ。それにかこつけて、時間作って。遊びに来ればいいんじゃない?うちでしばらくゆっくりして、皆でご飯でも一緒に食べましょう。ね?」 「うん。…そうね、ありがと。純架」 気を取り直してすっかり元気になった彼女はわたしたちに手を振って、さっき菜由がドレスを配布してると言って示してた方向へと消えた。それを見届けてから高橋くんを急かし、長い行列の末尾に並んでだいぶ待たされたのちにようやくその日の配給分をゲット。 前もって家庭単位で申し込みをしておいた物資の中で、他の世帯とのバランスを考慮して決められた量の品目を手早く渡される。それを台車にがんがんと要領よく載せていき、高橋くんに押してもらって倉庫を出た。結局、サルーンの女の子たちと絡んだあともずっとよそ者の男性と連れ立ってたわたしに、普段仲良くしてる知り合いの誰も声をかけては来なかった。 そこまで敬遠するほど、怖くも変な人でもないんだけど…。見ただけじゃわかんないのか。いや、さすがにわかるんじゃない?そのくらいは、さ。 「…なんか、いろいろと衝撃だった。さっきの…」 倉庫の前からだいぶ遠ざかって、周囲の人通りが切れたところで。それまで黙りこくって静かにただ台車を押していた高橋くんが、不意にしみじみと呟く。 「サルーンの女の人たちって。ほんとにただ、夜にお酒のお相伴してお喋りの相手をしてくれるだけの仕事なのかと…。普通にプロのホステスとか。キャバ嬢的存在なんだと、ばっかり」 「それなら女性客があそこに立ち入れないの、理屈がおかしいじゃないですか。ただ楽しくお酒飲むだけなら女もお客で行きたいよ?それに自分は既に申し出を受けてるじゃない、実際。ここにいるどの女性を孕ませてもいいよ、避妊なしでって。…そのままじゃん」 何を今さら。とぽかんとなる。 「いやちょい待って。仮に高橋くんがそのときに思わず、それもありかな。とかふらっと気の迷いが起きて例えばちえりちゃんを選択したり、とかいう成り行きになってたら。もしかしたら今頃彼女のお腹の中に既に高橋くんの血を引いた赤ちゃんが宿ってたかもだよね?まあ、あなたが潔癖症だったせいで。結局そうはならなかったんだけどさ…」 わたしの無遠慮な台詞に彼は想像するだけで、とばかりに肩を震わせた。ほんとに潔癖な人だ。それが悪いとは思わない、むしろ共感する気持ちの方が強いのは確かだけど。 「…それはそうだけど。あれは、俺が外から来た例外的珍種だから。村長やサルーンのママもちょっと、頭に血が昇って冷静じゃなくなって箍が外れたのかなと思ってた…。え、だとしたら。うっかり俺はガチで父親になるところだったってこと?そしたらどうなってたんだろ。ああ、でも。責任取ってここで絶対に所帯持たなきゃ殺されるとかは。基本ないのか…」 「ないね、サルーンの女性相手に限っては。集落の誰の子を孕んでも、父親が誰かは最後まで完全に伏せられたままだし。生まれた子は単に『集落の子』。…ああ、でも。あなたが父親ならもしかしたらその限りじゃないかも。この子は外の血を引いてる貴重な子!とか言われて、特別に大切に崇められそう」 高橋くんはわたしのそんな呑気な感想も信じられない。とばかりに焦ったそうに首を振った。 「外の血なんて…。大したことじゃない。俺だって別に、ここの皆と特に何も変わらないのに。じゃあ、それがほんとの事実なら。一旦サルーンに就職すると決まったらその女の人は一生あそこから出られないの?それで、誰ともつかない相手の子を産み続けるだけ?」 「いやそんな言われ方…、それじゃまるで。集落の奴隷みたいじゃん…」 「奴隷だよ。奴隷じゃないか、だって?選択の自由なく身体をそんなことに他人に使われるのは。名誉だの誇らしいだの言って表面ごまかされたって、結局奴隷だと思う」
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