第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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ただ呆れてるだけかと思ったら。思いの外語気が強い。そんなに怒ることか?とも感じたけど、まあ。彼の言ってることはわたしも内心では、実は。まるで理解できないとまでは言えない。かも…。 「だって、やっぱりこんなの嫌だ、自分は普通に結婚して家庭を持ちたい、他の仕事がしたいと思っても。辞められないんでしょ?それとも。引退とかしようと思えばできるの?」 彼が勢いよく台車を押すに従ってがらがら、と地面の小石に車輪が当たって大袈裟な音を立てる。いつもわたしやうちの家族が同じこの台車を使うときはここまで大きな音は出さないので。それだけ彼の苛立ちがその扱いに表れてるのかもしれない、とぼんやり考えた。 「それは。…ないと思う。何か事情があってサルーンから離れてその後普通の仕事して暮らしてる人って、そういえば知らないな。よくわからないけど、子どもを産めなくなった女性はそのあとは。裏方に回るんじゃないの」 わたしは十八だから、自分のよく知ってる歳の近い中でまだサルーンを辞めた子がいないのはまあ当たり前。だけど、あの人は元あそこで働いてた人でねと言われてる年配の女性を一人も知らないんだから。…おそらくは子どもを作るのを打ち止めても。市井には出てこないってことだろうな。 「でも、サルーンって普通の集落の住民は立ち入れない場所だから、表の店舗にお客の男性が訪問するのを除けば。言い換えれば奥の生活の場に関しては何でも自分たちでやらなきゃいけないってことだと思う。完全に隔離された彼女たちだけの寮生活だし…。だから、そこでの日常の作業がいっぱいあるはず。皆のご飯作ったり、お掃除したり。当然赤ちゃんを育てるのにも手がかかるし…」 「子どもはサルーンの中で育つの?」 高橋くんはやはりいろいろと細かい仕組みが気になる様子。 「乳幼児のうちはね。それを過ぎると引き取り手があれば里子に出たり。人数が多くて里親が足りないと、一時的に保育所みたいなものを作ってそこでまとめて育てるよ。お仕事を引退して一人暮らしになったお年寄りが集まって集合住宅で暮らすって言ったでしょ?その建物に子ども用の部屋もあって。みんなで協力して育てるの。とにかく可愛いし子どもは基本的にめちゃくちゃ大事にされるから、それで充分すくすく育つよ。配給も普通よりよほど手厚く受けられるから、特に苦労することもないしね」 「…でも、母親のそばで大人になることはないんだ」 複雑っていえば言える表情。この人、結構共感性高いのかもしれない。他人に対してすごく壁があるように感じるのに、不思議だ。 「うんまぁ。…産んだら必ず自分で育てる、とかだと。責任があるから気楽に次々作ろうって気にはなれないだろうし。情も移るだろうから…」 「…前に。サルーンに勧誘されかけたことがあるって言ってたよね、純架も?」 ほんのちょっとだけぼそぼそと見栄を張っただけの台詞を覚えてたのか。余計なこと言わなきゃよかった。 「それはまぁ、…嘘じゃないよ。どうなの?いいんじゃない?って言われたことはある。けど、この子は駄目だよってあのとききっぱり言って、わたしを遠ざけてくれた人がいて…、あれ?これ、いつの話だっけ。…夢?」 自分で思い出しつつ話してて、途中で混乱してきた。 この子、結構向いてるんじゃない?メンバーに入れようよって声。それを遮るように強めに、この子は駄目。他に得意なものがあってそっちに…って前々から言われてるんだから。無理よ、最初から。ってぴしゃりと。 あれは誰だったんだろう。何となく、サルーンのママだろうと漠然と思ってた。けど、あんな会話。一体どんな場面で、わたしの前で。…誰と交わしてたんだっけ? 「何だ、夢なの?おかしいと思った」 隣をがらがらと歩きながら、やや安堵したように笑う高橋くん。どういう意味だよ?失敬な。 わたしがそこでぶんむくれた雰囲気を察したか、急いで早口に弁解してきた。 「いや別に。純架が、その。…容姿やなんかでレベルに達しないだろうって意味じゃないよ?充分可愛いし、全然いけると思う。一見ふわんとしてて癒やし系だし、人気は出そうだよね。…でもさ、そもそも。女の人は普通サルーンに出入りはしないんでしょ?接点とか、ないんじゃないの」 おっと、と台車の車輪が石に蹴つまずきそうになり両手で慌てて抑えた。 「そういえば。就職はどうやって決まるんだ?十八になるときに希望出すとか。それとも、向こうも集落の中で一,二を争うような美貌の女の子には事前に目をつけといて。卒業するときにスカウトに来るってことかな?」 「…うん」 そうか、まずはそっからか。わたしは何となく彼に力仕事を任せきりなのが悪いような気がして、横から手を伸ばして台車の持ち手を形ばかり支えた。大して助けにもなってないし、かえって邪魔になって前に進みづらいだけのような気もするが。 「いい機会だから。高橋くんにもサルーンのシステムについてひと通り、わたしの知ってる範囲のこと教えておいた方がいいかもね。そもそも集落での暮らしや慣習や、いろんな決まりなんかについて。詳しく知りたくてここにいるんでしょ?」
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