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第6章 わるい夢
そもそも、サルーンのメンバーに選抜されるのが名誉で晴れがましいことだと集落で考えられてるってこと自体は。単純に事実ではあって別にお為ごかしとか嘘とか、そういうわけじゃない。
高校を卒業する時点でで毎年必ず誰かが選ばれる、というほど枠があるわけでもなく。抜擢される女性はもちろん特別に外見が美しくて心身が申し分なく健康で、しかも頭もよくないといけない。
もっとも接客適性とか愛嬌みたいな部分も選抜のポイントとして考慮はされてるみたいで、必ずしもめちゃくちゃ勉強が得意ってわけじゃなさそうなのに…ってタイプの方ももちろんいる。
けど、稀に見る恐ろしいほど頭が切れる才媛といっていい女性も、技術部じゃなくサルーンに行くことが多いので。いつしかそちらに選ばれるのにも優秀な頭は必要、と考えられるようになったみたいだ。
「つまり、相当な才色兼備じゃないとサルーンから声がそもそもかからないわけだから。それは、選ばれればあの子ってすごい!となるのは当たり前だよね。選ぶ方も一回抜擢しちゃえばあとは一生向こうで面倒見なくちゃならないから、当然失敗はしたくないでしょ。だから、実は高校卒業するまでわたしたちとサルーンに接点がないっていうのは違ってて。研修があるの、女の子は。全員例外なく、適性を見るために」
「え?そうなの?話が違くない?」
何故かそこに引っかかったみたいで、高橋くんは台車を押してた足を停めてぎょっとした目でわたしを見返した。
「男は客として行く可能性があるけど。女の子は採用されてそこのメンバーにならなければ一生サルーンとは縁がないって。確か言ってた気がするけど」
「採用されなければ、でしょ。選考はみんなその前に等しく受ける。希望するとかしないとかないの。サルーンの女性は集落にとって絶対必要な人材だから、なりたいからなるっていう枠じゃない。頭がめちゃくちゃよければ本人の意思がどうでも技術部に自動的に入ることになるのと一緒だよ」
「う。…なりたくないから断る、っていうのは、やっぱり、できないの?」
高橋くんにとってはサルーンに抜擢されるのはほぼ赤紙、召集令状と同じくらいの意味合いらしい。わたしは厳然と首を横に振った。
「それは無理。大昔の日本だって、戦争のときに召集令状来たら絶対断れないんでしょ?同じだよ、それと」
そういうわけで。
わたしたち女子は、等しく十五歳になると適性を見られるためにサルーンに泊まり込んで研修という名の選抜を受ける。期間は夏休みの一週間。
もちろん、そこで光るものを見出されたからといって即メンバーとして正式決定に至るわけではない。三年後の伸びしろもあるだろうし、その後の成長による変化もある。
それでも日常の中でサルーンの女性は集落の子どもたちに接して、一人ひとりをじっくり観察することが全然できないわけだから。こういう機会を持たないとある程度深く人物を見抜くことができない。
要するに、素質の青田刈りである。この子はどうやらうちに向いてそうだとか是非将来は来て欲しい、と思うような子がいればそれとなく仄めかして、本人にもある程度心構えをさせておく。
そうすれば三年後にいきなりあなたはサルーン行きね、と告げられても。今さらパニックになったり絶対行きたくない!とごねたりってことにもならないだろうし。…あれ、この表現だと。サルーンに選ばれるのは誰にとっても名誉なのは事実だって言っちゃってたさっきのわたしの言葉は、何だかナチュラルに矛盾してるような…。
うーん、まあ。とわたしは口には出さずに内心でごにょごにょと自分をごまかした。
少なくとも、高校一年になったばっかのときのわたしは。本当の本心、他人の前では正直に出せない部分では。うっかりここでサルーンのママや先輩方に気に入られて、卒業後は是非ここにおいでとか言われたらどうしよう…、って恐れが全然なかったと言えば嘘になる。
だってさ。いくら名誉だ尊い任務だ滅多に選出されない晴れがましい役職だ、とか言葉で誉めそやされても。現実には夜な夜な集落中の誰ともしれない男の人に抱かれて、次々孕んで父親の違う子どもをいっぱい産まなきゃいけないんだよ?
そんなの本気で嬉しいと思う高校生。…百年前の日本にだって、いや世界にだって。そんなに存在する?
「…さっき言ってたことと全然違くないか?」
ほぼ独り言のようにぶつぶつと、自分で自分の考えを確認する過程でそんなことを呟いてたら。横にいる(ちょっと存在を失念してた)高橋くんにばっちり聞かれてしっかり突っ込まれた。…そりゃそうか。
だけど、それは建前上決して表面には出せない心の奥の話だ。少なくともわたしは内心そんな感じだったけど、一緒に研修を受ける同級生の他の女の子三人は自分こそが!とやる気前向きで目を輝かせてたように見えた。
もちろん本当のところはわからない。特に菜由なんかは、本心ではどうだったんだろう。うっかりサルーンに選抜されちゃえば夏生と幸せな家庭を築く、って夢は叶わなくなる。
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