第6章 わるい夢

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そんなわけで、十五歳のわたしたちは。お酒の作り方を教えてもらってきゃいきゃいはしゃぎながらカクテルを作ってみたり、おつまみのレシピや接客の具体的なやり方を教えてもらったり。モニター越しに先輩方の実際の接客を見せてもらったりした。あくまで大人の男性と接することはできない。ただ見学するだけ。 あとは掃除したりグラス洗ったり、自分たちの泊まってる部屋の片付けをしたり。完全な裏方だ。 それでも、先輩方が実際に着ている色とりどりの豪華なドレスを見せてもらったり。試着を許されて次々と自分の気に入ったものや似合いそうなものを着て互いに見せ合い、お化粧を教えてもらって練習した。 …こうやって久々に思い出してみると。あれはあれで結構楽しかったな。同級生の女の子だけで一週間同居するとか(ひとりめんどくさいやつが混じってたのが難だが)、考えてみれば修学旅行も卒業旅行も、いやそもそも遠足すらろくに存在しない環境だから。家族から離れて友達同士で非日常を体験するって、思えばあれが最初で最後だし。 胸がどうしても余るぶかぶかのドレスを仮押さえで詰めてもらい、何とか様になるようにして鏡の前で自分の姿を確かめたとき。思ってたより結構いけるじゃんと内心いい気になったり、これまであまり実感はなかったけど。こんなのそれなりに嬉しいと感じたり楽しめたりするとは、やっぱりわたしも何だかんだ言って一応女の子だったんだなぁ。とちょっと微妙な、何ともいえない気分になったりした。 「…まあ。話聞いてる限りでは、まあまあ節度あって健全な研修内容だな、十五歳の子に夜職勧めてること除けば。で、今の話の中の。一体どの時点で誰に、サルーンに来ないか?って勧誘されたっていうの。少なくともお客さんとは接点なしだから。先輩たちかママか、とにかく女性たちのうちの誰かだよね?」 「あ、いえ。…それは」 否定する言葉がするっと口から出かけて。そこでようやくはた、と気がついた。 …あれ?そう言えばそうだよな、確かに。 こうやって思い返してみても、あのときにサルーンで男性と顔を合わせたって記憶がない。モニター越しにうわ、あれって村長じゃん。めっちゃご機嫌で女の人べたべた触ってない?とか、山本さん、すごいちびちび飲んで愛想笑いばっかで全然酔ってる感じないよね。絶対付き合いで連れてこられてるじゃん、仕事感丸出しだよぉなんて好き勝手なこと言い合ってみんなで笑った覚えはあるけど。 当然一緒の部屋で並んで座ったり接待はしなかったわけだから。…あれ,じゃあ。あの記憶の中の声は、一体誰の? 『…へぇ、スミカちゃんって言うんだ。可愛いね。…うんうん、いいんじゃないの。こういう系もいるといいよね。あからさまなセクシーボディとか。いかにも大人の色気溢れるいい女タイプばっかじゃなくて、こう。…おじさんがいろいろ教えてあげなくちゃ。ってなる初心でいたいけな子、ってかさ…』 『ちょっと、……さん。ほどほどで手加減しないと。…あ、この子は駄目よ。他の進路がもう既に概ね決まってるんだから。下手なことしないで…、それに、うちには。向いてないと思うの。この子…』 ママらしき、穏やかだけど強く制する気持ちが滲み出た声。めげずに被せるように聞こえてきた返答は、…年配の、男性? 誰? 『何でよ、いいじゃないの。頭はいいんでしょこの子?顔も申し分ないし。優秀な遺伝子を残すには適任だと思うよ?何たって多様性だし、ぼこぼこいっぱい子を産ませてさ。結果こういうタイプが集落にたくさん増えたらいいよね。…ほら、こうすると。いい反応…』 「わ」 回想をそこで遮るように。…思わず大きな声が出てしまった。 ぎょっとした顔で高橋くんが足を停める。急停止した台車の車輪ががこっ、と変な音を立てた。 「ど、どうしたどうした。変な声急に出して…。なんかあった?蛇でも出たか?」 「蛇…、え、ううん。何でもない…」 その台詞を引き鉄に脳裏ににゅっ、と蛇の映像が浮かび、それも何故かやばいものみたいに思えて慌てて打ち消した。 何だろう、なんか今。ずっと忘れてた『いけないもの』を急に思い出した。…みたいな。 途端に身体のあちこちでやけにリアルなむずむずが湧いてきて、うわっと叫んで飛び跳ねて回りたい気持ちになった。 「…落ち着いて、純架。大丈夫。大丈夫だから」 気がつくと硬直してがちがちになって、棒立ちに佇んでいたわたしの腕を。高橋くんが遠慮がちに励ますように、ごく軽くそっと叩いて気付けしようとしていた。 「何にもないよ、今ここには。…どうしたの、いきなり?何か急に。思い出したことでもあった?」 「…ううん。平気」 夢から醒めたように次第に頭がはっきりしてきた。目を瞬かせて彼の顔を見返す。それから、ぐるりと今歩いてる道の周囲の林の樹々や、台車の上に山と積まれた食品や調味料や、紙類や洗剤などの物品を確かめた。 …大丈夫、こっちが現実だ。並べて世はこともなし。…てことは,やっぱりあれは。…寝ぼけた頭であの日のわたしが見た、本当にただの夢? すぅ、と大きく息を吸い込んで自分の心を落ち着けようとする。その際に喉の辺りがやたらと震えた。
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