第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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どうせそういうとこの女の人とばっか遊んでるおじさんが自分の好みで揃えた若い子向けのお洒落服なんだろう、ってことか。まあ、現実問題そんなとこな気もする。 「あるいはここを作った人は手広く事業をやってた大富豪だって話だから。もしかして自分でもキャバクラとかパブを経営してて、そのために買い入れた分の余剰品だったのかもね。とにかくそういうわけでサルーンの女の子たちが着るタイプの服はわざわざ作る必要もないくらい大量に在庫があるんだけど。やっぱりそれでも自分が本当に着たいドレスがない、もっと好みのものが欲しいっていう子もいるから。そういう人と相談してデザインを考えるのもまた、結構楽しいよ」 「そうか。じゃあ純架は、服のデザインとかにはきっと本当に向いてるんだな」 わたしの話し振りからどこか楽しげな気分を感じ取ったのか、高橋くんの表情が僅かに綻んだ。 「向いてるとか上手ってことはないんだけど。好きかって言われたら、うん。好きだな。けど、母にはぶつぶつ文句言われる。好きなようにのびのびデザインする方は気楽でいいけど、型紙から起こして実際の服に仕立てるのはそう簡単じゃないんだよって。服作りの基本がわかってない人の考えたパターンは本当やりにくい、って」 「あー…。ドラムとかギターできない人がパソコンの打ち込みでアレンジした曲は人間の手ではそのままじゃリアルに演奏できないとか。ボカロ用に作った歌を生身の人が歌おうとすると口がついてけないとか、そういうやつか」 「…何。その納得の仕方…」 またわけのわかんないこと言ってる、この人。怖。 集落へ戻る道の途中でいつも通り林の中へと分け入って百葉箱で気温を観測しつつ、わたしは話の流れで思い当たってぱっと彼の方へと振り向いた。 「そうだ、それで思い出したけど。明日は月いちの配給がこないだの倉庫でありますよ。そういう日頃の生活っぽい場面、見てみたいんでしょ。TVで見る市場みたいな感じで、みんな一斉に繰り出してきてすごく賑やかなんです。何なら一緒に行く?わたしと」 「ああ、そりゃ。できたら見てみたい。この前倉庫を見学したときは、どういう品目が各家庭にどれだけの分量配られるのかまでは。全然わからなかったから…」 いきいきと目を輝かせて声を弾ませた次の瞬間、急にふと何か気がかりな様子で眉の辺りを曇らせた。 「けど、大丈夫?そんな場に俺なんかいて。邪魔じゃないの。食材とか調味料だけじゃなく日用品も配るんでしょ。それこそインナーとかプライベートなものとかも…。家庭のうちうちのもの、よそ者のいる前で。受け取るのやっぱ気になるな、とか観察されてうざいなとか」 「え、別に。だってみんなそんなの、人目気にせずばんばん配るし受け取るし」 わたしはきょとんとなって首を傾げた。この人、すごく気が回るし配慮出来る人なんだと思うけど。ときどき気が行き届き過ぎて一周回ってよくわかんなくなることある。さすがにそこまでは。普通気遣う?みたいな。 「どうせ、どの家に何がどれだけ必要かなんて。全部把握してなきゃ分配するもの決められないから、それは周知されてるもん。役場にも技術部にも、住民お互い同士でもね。大体ブラとかパンツとか、恥ずかしいことある?誰でも絶対必要なものじゃん。トイレットペーパーとか。生理用品とか」 「わかった、わかった。…そりゃそうだよな。トイレ行かない人なんていないし。考えてみたらどうしてそれを、他人の前で恥ずかしいとか思うようになったのかは。謎だな…」 尚もわたしが口を開いて言葉を重ねそうなのを慌てて手で制して、少し決まり悪いのをごまかすようにごにょごにょと呟いた。 「でも、そこは外との違いもあるのかも。やっぱり集落の人たち同士は気心知れてるというか。もう付き合いが長過ぎて、お互い家族とか親族みたいなものなんだろうな。内情が知れ渡り過ぎて、今さら取り繕ったり隠したりする必要がないのかも」 「まあね。ちょっと遡ったらお互い親戚、みたいのは。よくあることだし、ここじゃ」 そんな風に軽口を叩きながら集落の方へと続く道をゆったりと戻って行く。また役場の建物を訪れて、データを入力しておいて。そのあと明日の天気の予測を立てて広場に掲示しておかないと。あと、週刊予報の更新も。 「…それにしても。トイレットペーパーとか生理用品まで配給なの?すごいね、何でもある。本当に」 そっちか。 「だって。製紙工場とかないし、ここ。今後は葉っぱでお尻拭けとか言われたら泣く。生理は、まあ。…布当てて洗濯繰り返せばギリ…。うーん、でも。ナプキンないと辛そう…」 「あ、違うよ。それが贅沢だとか言ってるわけじゃない、もちろん」 真剣に眉根を寄せて考え込んでたら、彼は急いでわたしの呟きを遮ってフォローしてきた。 「あるなら使うのが当たり前だし。衛生用品なかったらきついよなってのもわかる。俺が今考えてたのは。そうじゃなくて、もっと別のこと…。倉庫全体の本当のサイズとか」 「本当の。…サイズ?」 わたしはぽかんとなって鸚鵡返しに訊き返す。
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