第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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彼は全然突飛なことを口にしたという意識もない様子で、ごく生真面目な顔をして大きく頷いてみせた。 「だって考えてもみてよ。トイレットペーパーとかティッシュとか。その手の消耗品って結構な勢いでなくなるよね?三百人から二百人ほどの住民がもし百年間消費し続けるとしたら。一体どれくらいの在庫が必要になる?それだけでも相当な量だよね、まあペーパー類は悪くならないから。長期保存自体は可能と考えてもさ…。ましてや他の生活必需品や消耗品、家電や日用品全般も同じように収納しておかないとってなれば。Amazonの巨大倉庫いっぱい、ぎっちぎちにもの詰め込んでも、まだ不安ってもんじゃない?」 「…あまぞん?」 どうして南アフリカ大陸の広大な熱帯雨林地域が…、ああ、了解。確か失われた文明を制覇した全世界的通販網のことだな。しかしほんとに何でも知ってる、この人。 口調はさり気ない風だけど、どうやら結構真剣に考えてる。わたしの少し前を歩きながら振り向いて見せた横顔からそんな感じが伝わってくるし。 わたしもこの十日ほどでだいぶ高橋くんの行動や思考のパターンに慣れつつあるな。と思いながら彼の次の台詞を待ち受けた。 「…こないだ見学はさせてもらったけど、あの倉庫さ。すごいスケールでめちゃくちゃものあったのは確かでも、百年とか百五十年そんな微に入り細に渡った品目まで網羅してると考えたら。あの量じゃ足りない…。それとも、もしかして。あの日見せてもらったのはまだほんの一部?他にもいくつも、何箇所かに分かれて同じような倉庫が存在してるとか」 「…いや。明日配給受けに行けばわかると思うけど。いつも物品配る場所はあそこだけだね。もっとも他に誰も知らない秘密の倉庫が隠されてて、そこから密かに夜中とかにものが運び込まれてたら。…うーん、でも無理だな。そんなのこのせっまい集落の中で。誰にも絶対気づかれずに百年も続けるの、多分できないし」 集落の中でも比較的ひと気の少なそうな場所をあれこれ思い浮かべるけど、どこにもそんなシークレットなポイントが隠されてそうな様子はない。それに。 「大体、そこまでしてサブの倉庫を隠す必然性って何?と思うと。夜中にごく少人数の上層部だけで隠れてこそこそ作業する意味がわからないよ。トイレットペーパー、こっちの倉庫の分の在庫空になったから。次から第二倉庫に取りに来て〜、で。別にいいんじゃない?」 「うん。…そうだよね。隠す意味、かぁ。…あの、この前見た未開封物品の入ってる封印倉庫は。まださらにあの奥があるのかな?」 やっぱりやたら気にしてる。けど、考え過ぎじゃない?とも突っ込まずにわたしは素直にそのまま事実を答えてあげた。 「それはわからない。けど、あんな入り口から覗いた程度じゃ奥がどうなってるかまでは見えないから。見えてる範囲よりもっとずっと深く奥行きがある可能性はあるよね。設定されてる現在の年月日が令和5年として。その先あと何年分の記録があるのか知らないけど、これからも何十年とか百年以上も続くなら。相当な量の物資が貯め込まれてると考えた方が…」 「そういえば。戦争が始まって終わったのは何年か、その記録はないんだ?」 いきなり思ってもみなかったことを訊かれてわたしは一瞬脳がフリーズした。…確かに。 戦争が西暦何年に開始か、集落が作られて完成したのが何年だったのか。終戦がいつだったのかわかってればこのあと何年分、TV放送のデータが残ってるのか。倉庫への物資の貯蔵が完了したのはいつだったのか、はっきりすると思うんだけど。…そう言われてみるとそんな話は聞いたことないな、少なくともこれまでわたしは。 「高橋くんは。…何でも知ってるじゃん。大戦がいつ頃終わったのか。今まで聞いたことはないの?」 「いや知らない。てか、俺だって。もちろん何でも知ってるわけじゃないよ」 「そっか…。外の図書館とか見てるんなら。何かしら、当時の記録があるのかと。思ったんだけど…」 今度はこっちが考え込んでしまう。 確かに、ここの外は実際に破滅的な終末大戦に巻き込まれたんだから。一番荒れてた時代の記録や伝承は、そんな余裕誰にもなくて生きるの優先でしっちゃかめっちゃかで、むしろその前の平和な時代の資料の方がかえって豊富に残ってる。ってのはまあありそう、とも思う。 一方でうちの集落自体は息を潜めるように身を縮めてやり過ごしたとはいえ、戦争そのものの爪痕は結局受けずに済んだんだから。多少は戦争についての客観的な記録や言い伝えが残っててもいいと思うのに、当時は混乱のさなかにあった。のひと言で全部済まされてるような気がする。 「…まあ、とにかく今後何十年分のもTV放送の録画が残ってるのは確かなんだろうから。いつか時系列に従って流されるニュースでそういうのも自然とわかるようになるんじゃないの?本格的に文明が壊滅する手前くらいの段階までは」 あまりにわたしが本気で考え込んで黙りこくってしまったので、一応フォローせねば。って気になったらしく高橋くんが親身な声をかけてきた。 「ああ、…そっか。放送してる録画データは。無編集でそのままだから」
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