第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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あとでわたしが一人になったら、めちゃくちゃ根掘り葉掘りいろいろ訊いてきそうだな、と思いつつ。必ずしも高橋くんにというわけでもなく、ぽつりと独り言めいた呟きをもらす。 「…この集落の人ってわたし以外皆、とにかく陽の光を浴びるのが嫌いで滅多に表に出たがらないし。出来るだけ屋内で静かに過ごそうって考えが大勢だから、こんなにいっぺんに人見るのってわたしも配給のときくらいだな。いつも改めて思うよ、ここって本当にこんなに人いっぱいいるんだなぁ、って」 「そんなんじゃ。久しぶりに顔合わせる相手も結構いるんじゃない?」 学校の友達とか。卒業しちゃって仕事で会わないと意外と機会ないでしょ、と呑気な口調で話を合わせてくれる高橋くん。てか、そっちはどうなんだ。外だと学校も何もなくない?崩壊後の世界じゃ。 そう考えると、高橋くんこそ普通に友達とかいるの?と軽い気持ちで訊いていいのかわからなくて判断に迷う。荒廃した世界で居所を求めて転々としてこれまで暮らしてきたのかもしれないし。 一見人当たりよくて誰とでも上手くやれるコミュ強者そのものだけど。逆にそれが今までの彼のいた環境の過酷さの賜物だって可能性もある。現に卒なく人懐っこい態度の割に、腹の底は絶対に見せない。みたいな強力なバリアをそこはかとなく感じるのはその頃の名残りなのかも。とも思うし…。 「…純架!」 そんなことをぼんやり思い巡らせて油断してたら、不意に視界の外から勢いよく名前を呼ばれた。 聞き覚えのある懐かしい、けど。最近あまり聴いてない声。誰だっけ?と慌ててそっちを見やると。長身で見栄えのする大人っぽい女性が、気さくな表情でにこにこと手を振ってこちらに近づいて来ていた。 わたしに僅かに身を寄せるようにして、声を落として尋ねてくる高橋くん。 「…あれは?」 「えー、と。…ああ」 ぐるぐると懸命に頭を回転させて検索する。昔と今、オンとオフとですごく印象の違う人だ、よね。…この前わたしが最後に会ったのは。学校とかじゃなく、そう。うちに来て、衣装を作りたいって。どんなデザインにするか一緒に考えたんだっけ…。 「ちえりちゃん!」 思い出したら自然にぱっと顔が綻んで、思いきりぶんぶんと挙げた両手を振った。 ただでさえ今、集落でも噂の元のよそ者の男の人を連れてるせいでここで一人浮いてるのに。わたしが彼女と親しげに接してるのを見てみんなそこはかとなく引いてる。それは伝わってくるし、理解出来るんだけど。 元幼馴染みの近所のお姉さんで以前はずっと仲良かった相手に素知らぬ振りなんてできない。そういう風にしてる人もいっぱい集落にいるのは知ってるし、その方が主流だとは思う。でも。 サルーンに勤めることになったからって、急に手のひら返して遠巻きに距離取るって空気の方がわたしとしてはどうかと内心思ってる。から、周囲の目は特に気にしないことにした。 きゃあ、久しぶりぃ!と手に手を取ってはしゃぐ彼女はわたしの二つ上の昔馴染み。うちの近くに住んでいたちえり姉ちゃんだ。取られた手を一緒にぶんぶん振り回されながら、見た目はすごく大人っぽく綺麗になったけど。こういうノリは相変わらずだな、と微笑ましい気持ちになった。 「一見してわからなかったよ…。今日はまた、ラフなかっこだね。オフのときは最近はこうなの?」 彼女の今日の服装は謎のシュールな柄がでかでかとど真ん中に描かれたコットンの大きめゆるTシャツに、膝あたりでざっくり切られたデニム。前にうちにドレスの注文に来たときは、オフだから夜用の服装でこそなかったけどきちんとお化粧をして綺麗めのワンピースだったのに、様子が違い過ぎる。髪も後ろで軽く引っ詰めてばっさり流してるだけだし。 そう指摘するとちえりちゃんはからからと明るく笑った。 「だって。こういう緩いかっこしてお家に行くと、純子さんて渋い顔するんだよね。せっかく美人さんを評価されてサルーンに選ばれたっていうのに。そんな男の子みたいな服着るんじゃない、素敵なスタイルが台無しよって。純架のお母さんってすごく女らしさとかに重きを置くタイプだからさ。雑なかっことか、我慢できないみたい。だからね、お姉さま孝行よ。波風立たない程度に無難なお洒落はして行くかあ、みたいな」 「すいません。面倒くさい母で」 ひしひしと実感あるごもっともな指摘を頂き、痛み入って深々と頭を下げる。 彼女は周囲から微妙に距離を置かれてるのに気づく風もなく、堂々とした態度でぐるりと辺りを見回した。あるいはすっかりこういう腫れ物に触るような扱いに慣れて、もはや特に何とも思わないのかもしれない。 「今日は、純子さん一緒じゃないんだね。隼人さんや麻里奈ちゃんも?…あ、そうか。このお客さんのお兄さんがいるからか。運び手の戦力としては充分だもんね。こないだはどうもぉ、お兄さん。その後この子とは。仲良くやってる?」 「『お兄さん』じゃないよ、ちえりちゃん。高橋さんて言うの。…この人は」 フルネームを付け足そうとして、えーと、下の名前なんだっけ?と一瞬硬直し、即座に思い出すのは断念してさっさと頭を切り替えた。まあいいでしょ、苗字だけでも。
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