第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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何かを察したらしい高橋くんは、わたしの背後で諦めたようなため息をついて(ごめんて)、横からずい、と身を乗り出して自ら前に出てきた。どう見ても急拵えで作ったいつもの至極チャーミングな笑顔で挨拶する。 「あ、その節はどうも。高橋創矢です。えーと、確かサルーンにいらした方ですよね?この前村長さんたちとご一緒に。お伺いしたとき」 ちえりちゃんは気さくな表情でこだわりなく頷いた。 「そう。高校卒業してからずっとあそこで働いてます。あなたは外から来たんだよね?もしかして、あのあとは純架の家でお世話になってるの?」 わたしは慌てて横から口を挟む。周囲でそれとなく耳を傾けてる人たちにそうなんだー、とかそのまま信じ込まれたらやばいし。 「いやそういうわけじゃなくて。今回は社会見学です。配給の現場を見てみたいって…。こうやってついでにうちの分を運ぶお手伝いをしてくれるっていうから。お礼に今夜はうちで夕飯に招く約束になってるけど」 我が家の台車を任せてるのを指し示し、最後に弁解気味に付け足した。 両親は日頃わたしと一緒に行動してる彼がどんな人物なのか、やはり気になるようで。今回うちの物資を運ぶのを手伝ってくれるって、と伝えたら即そういう成り行きになった。 お礼を、という名目にかこつけて本人を見定めようって意図らしい。妹はとにかくよそから来た人が気になってたまらないらしくめちゃくちゃ朝からはしゃいでたし。 一方で高橋くん本人は当然、集落の一般家庭の普段の生活の様子が見たい。だからこの件は互いにウィンウィンってことで、まあいいか。とわたしも納得はしている。なんか彼氏を初めて家族に紹介するイベントみたいに微妙に緊張してしまうのは感覚がバグってるだけだろ、とは思うが。 けど、わたしがこの人を自分ちに連れてく場面を誰かに目撃されたとしたら。その人がその事実を変な風に周囲に吹聴したらやだなぁって危惧もあったので。 この場でちえりちゃんへの説明にかこつけて、わざと周りに聞こえるように大きな声で周知を試みておいた。いや、狭い社会って。何かとこういう細かい苦労がいっぱいなんだよ。ね、高橋くん。 ちえりちゃんはきらりん、と目を輝かせて前のめりにその話題に食いついた。 「そうなんだぁ。そしたら純架も、頑張って得意料理披露しなきゃね。前に作ってくれたオムライス?それともシチューかな。もし彼が和食好きなら…」 「ちえりちゃん。…そういうのじゃないから全然。この人とは」 思わず閉口して浮き浮きしたその台詞を途中で遮ってしまう。彼女は全く悪びれず、あははと声を立てて豪快に笑った。 「そっかそっか。まあ、確かに夏のこともあるしね。そう簡単にこっちからそっち、とは。乗り換えられないよねぇ。長年の情だってあるし」 いやないけど。 既にサルーンでの安泰な未来が確定してる立場の彼女からすれば、わたしや夏生レベルが将来のパートナーをどうするかで揉めたり行き違ったりしてるのはむしろ、微笑ましいというか。そんなことでごたごたしてるなんて、君たち若いねぇくらいの感覚なのかも。大人が子どもを見る目を向けられ、伸ばした手でぐりぐりと頭の天辺を撫でられた。 「…まあ、まだ十八なんだし。後悔のないように焦らずじっくりとパートナーを選びなよ。お客さん、すみませんね。あなたの気持ちも大事だと思うけど。この子も出会って半月やそこらでそう簡単に乗り換えなんて決断はできないのよ。何せ夏生のやつは、ほんのチビの頃からずっとこの子にぞっこんでねぇ」 「…いや、ちが」 「高橋です。…大丈夫、全部承知の上ですから。気長に待ちますよこっちも。時間はいくらでも、まだたっぷりありますからね」 うっかり本気で反論して噛みつきそうになったわたしの台詞におっ被せるように、高橋くんは余裕綽々のゆったりした声で不敵に彼女に言い返した。…そうでした。 そもそも、そういう設定なんだった。集落中の人たちが見守ってるこの場所で、完膚なきまでに全て思いきり否定しちゃったらこれまでの仕込みが台無しだ。 わたしは二人の男性の間で揺れ動いててはっきりどっちとも決められないでいる立場の女。あっさりとは靡かないけど、きっぱり拒絶して突っぱねるほど『無し』でもない。…じゃないと、今現在みたいな高橋くんの宙吊りな状態が保てないし。 わたしたち実は完全にビジネスライクな関係です、ってサルーンの関係者の前でうっかり暴露しちゃったら。高橋くんはそれっとばかりに役場の人たちに拉致されて、子種を充分提供するまで帰れません。に突入間違いなしだ。 それもさすがに、気の毒っちゃ気の毒。天国か地獄かは人によるのはわかるけど、彼は大して女好きってわけでもなさそうだから。 けど、かといって。じゃあわたしも高橋くんが好き!とかうっかり話を合わせちゃうと。どう考えても夏生がこの場に瞬速でシュバって来る未来しか見えない。 今以上に面倒な状況になるのは目に見えてる、と考えると。わたしが意思のはっきりしない中途半端で二人の男の間でふらふらしてる女、と集落中から思われる事態は。どうやっても免れないのか…?
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