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そうやって自分のダブルバインドな立ち位置を思ってテンションをだだ下げてたら、案の定。内心で密かに恐れてた展開がやってきた。
「…ちえりさん。あっちの奥の方でわたしたちだけ向けに、もうドレスの配布。始まってますよ」
文章の字面だけを見ればごく普通の穏当な言葉選び。でも、実際にその声を耳にすると。
やけにちくちくした耳障りの悪い細かい棘がいっぱい生えてる、と一発で相手に察知させるその技は、何なんだろう。やろうと思って一朝一夕に出来る塩梅ではない。そういう才能か。
だけど、この棘が向けられてるのはもちろんこの声の持ち主の人物の先輩格に対してではない。その証拠にちえりちゃんはその細かい棘をベルベットの表面の手触り程度にしか感じなかったらしく、ぱっと明るい表情をそっちに向けた。
「あ、菜由ちゃん。…ありがと、教えてくれて。どうなの、いいのあった?もう選んできたの、新しい衣装?」
「一応…」
さほど気分が浮き立った様子でもなく小さく腕を掲げてみせる。そこには何枚かの派手な色柄のドレスがかかっていて、ふぅん菜由の好みってこういう感じかぁ。と私は黙って心の中で思う。
彼女はすぐそばにいるわたしの方にはわざとか。ってくらい頑なに目線を向けずに丸無視で、ちえりちゃんに近寄ってしおらしい口振りで相談を持ちかけた。
「これとか。…こんなのどうでしょう。わたしには似合わないかな。露出多い?派手過ぎ?」
「ううん、全然。てか菜由ちゃんにはこういうのよく似合うと思うよ。スタイルいいし。持ち味の色っぽさを全面に押し出した方が…」
確かに一枚一枚、順繰りに広げてみせるドレスのどれも布地面積が少ない。ま、確かに。
菜由は思春期以降、胸も腰もばーんとあっていわゆるセクシー系の体型で。ちえりちゃんみたいな上背のあるモデル系スレンダータイプとは違う。自分の売りを考えたら確かに、こういう服の方が彼女の良さを引き立てるって考えは間違ってないかもな。
わたしと高橋くんはこのままこのやり取りを聞いてていいのか。じゃあ、と手を挙げて二人に別れを告げてさっさと倉庫の列に並んだ方がいいかな。と思いつつ、自然な流れでそこから離脱するタイミングを測り始めた。
「でも、この手のドレスだと。もう何ヶ月かしてお腹大きくなってくると、すぐに着れなくなっちゃうかなぁ。産後も体型変わりそうだしね。けど、妊産婦の体型をカバーするような営業用ドレスなんて。既製品じゃまずないだろうし…」
菜由がそんな風に独りごちたので、へぇ。もう赤ちゃんできたんだ。とちょっと本気でびっくりした。
わたしたちが高校卒業してからまだ数ヶ月。サルーン勤務の子はそれより前から研修と称してちょくちょくそっちに顔出してるはずだけど。
お腹に赤ちゃんが来るような『業務』については、さすがに学業終えるまで担当させないと決まってたような。
だとすると、わたしが知ってるうちでもサルーンじゃほぼ最速のご懐妊ではないか。体質なのかたまたまなのか、大したもんだ。
本人もそう言いつつ、自覚的なのかちょっと周りを意識して得意げ。まあそうか、あえてこんな衆目の面前でそんなデリケートな話題を持ち出すんだもん。ねぇねぇ、わたしサルーンで働き出すなりすぐさま結果出したよ!って誇る気持ちがあるからこそ、なんだろうな。
と、半身で上の空気味に会話を聞き流してたら。悪気なくわたしの名前をそこで口にするちえりちゃんの無頓着さに思わず低く唸りそうになる。
「あ、そしたら。純架んちでオーダードレス作ってもらえばいいんじゃん?しっかりお腹周りカバーして、しかも綺麗なシルエットを作る服なんて純子さんの腕ならお茶の子さいさいよ。デザインにこだわりあるなら、純架がセンスあるから。相談受けて一緒に作り上げてもくれるし…、ね?純架?」
うわー…。
何でそこでわたしに振るの…。
そろそろ透明人間のようにこっそりと、高橋くんを引っ張ってその場を離れようと思ってたところだったのに。判断がひと足遅かった。
危惧してたそのまま過ぎる展開で、それまで完無視してたわたしの方へ菜由はぎっ!と激しい怒りの眼差しを向けた。いや、何だって。そこまでわたしを目の敵にするかなぁ、今さら…。
「この子のセンス?天気にしか興味のないお空オタクのくせに。大して美人でも可愛くもない、サルーンにも選抜されないレベルの子じゃん。わたしやちえりさんとは違うんですよ。…あんたなんか。子ども産める身体かどうかもわからないくせに、男選り好みなんかして。図々しいんだよ。地味そのものでがきんちょ丸出しなのに、そっちの得体のしれない男と、夏生とを。まさか両天秤に掛けようだなんて…」
「あ、あれ。…夏生くんじゃない?」
おーい、と空気を読まず朗らかな声でそう言って人混みの向こうに手を振る高橋くん。途端に菜由はぱっ、とそちらに背中を向けたかと思うと腕に広げたままだった色とりどりの配給のドレスをまとめて掛け直した。
やっぱり、お腹に赤ちゃんがいる状態で初恋の相手と顔を合わせたくないのかな。とほけっと考えてるわたしの耳に顔を近寄せ、さも忌々しげに捨て台詞を吐いて去っていく。
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