第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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「…無邪気な顔して次から次へと男に媚びなんか売って。そのうち化けの皮が剥がれるよ、この。…相手は誰でもいい男たらしが」 酷い先入観と偏見過ぎる…。 菜由が肩をそびやかして速足で去っていく後ろ姿が遠ざかってから、ちえりちゃんは至極申し訳なさそうな顔で拝むような仕草で平謝りにわたしに謝ってきた。 「ごめ。…いや、噂では聞いてたんだ確かに。あの子って昔から夏が好きでずっと長いこと執着してたから、純架に対してのライバル心がすごいんだよって。けどさぁ、いつの話かってもう。過ぎたことじゃん?」 「…ですよね」 さっぱりした気性のちえりちゃんには理解不能だったらしい。ていうか、わたしも。 別にさばさば系でも何でもないけど、子どもの頃に好きだった子との恋が実らなかった八つ当たりがこの歳まで持続するとは…。こっちが無情だとか忘れっぽいとかではなく。あの子のこだわりが異常では? 「そういえば、夏生は?」 向こうから来た、と言ってた割にはまだ辿り着かないのか。わたしが視界に入るとこにいて、しかも高橋くんと一緒となれば。絶対何かしらいちゃもんつけにダッシュで駆けつけるはずなので珍しく遅いな。と疑問に思って訊くと、そっと寄ってきた高橋くんが生真面目な表情を浮かべ首を横に振った。 「ごめん、嘘。ああいえば多分、君に突っかかってるところを好きな人には目撃されたくなくて立ち去るだろうと思ったから、あの人。…なんか、災難だったね。本当悪い。俺が純架のこと。こんな風に巻き込んだばっかりに…」 「いやぁ…。それは正直、あんまり関係ないと思う。あの子の本丸は高橋くんの存在じゃなくて。そもそも最初から夏生の方だけだからさ」 二人を両天秤にかけて、と言ってたから。サルーンの選り取り見取りの綺麗な女の子たちを袖にして彼があえてわたしを指名したことも面白くなかったのは事実だろう。けど、それは本筋じゃない。 ちえりちゃんは本当に申し訳なさそうな顔をして、わたしの頭をよしよし、と撫でて慰めた。 「可哀想だったね。あんな酷いこと言われて…。でも、あの子もいつもは全然あんなじゃないのよ。はきはきして明るくて、周りに気も遣えて。とってもいい子。だから多少ぎくしゃくしたとしても、ライバルだったのはとっくに昔のことだから。水に流して二人がもっと仲良くなれたらいいなぁと思っちゃったの。まあ、当事者同士は。言うほど簡単にいかないのね。もう夏との将来はないからと言って、気持ちが割り切れるわけじゃないのか…」 「…あの女の子は。お腹に赤ちゃんがいるって言ってたよね、さっき」 他の人との子を産むことになったから。別の人との結婚が決まったって話?と高橋くんが話に割って入ってくる。ちえりちゃんが見るからにしょげているから、せめて少しでも話題を変えようと気を遣ったのかも。 どう説明しよう。と迷いながらわたしが口を開くより先に、ちえりちゃんがばっさりした口調でその辺の説明に困る事情を手短に彼に伝えてくれた。 「ていうか、わたしたちは。誰とも結婚しないの。サルーンの女の子は特別…。婚姻してる相手以外とも男性が子孫を残せるように、できるだけいろんな人の子どもを産むのが大事。産んだ子は集落で大切に手厚く育てられる。村の宝よ」 そう、彼女たちはそれが本命の仕事。将来の多様性のため、集落の男性は誰もが匿名で婚外子をなるべく多く、自由に作る。そのための受け皿として特別な役割を担うのだ。 「だから、お酒の席でお客様を上手に接待できるかどうかよりも。健康な子をたくさん産めるかどうかがあそこではより重要なのよね。わたしなんか未だに。三年も勤めてて一人も懐妊できてないけどさ…」 口振りはあっさりしてるけどさすがにちょっと陰のある声。 ちえりちゃんもやっぱりそんなの気にするんだ。そしたら、明るくやり取りしてたけど。サルーンに来て即、懐妊した誇らしげなさっきの菜由の様子も。見かけよりもかなり堪えているのかな…。 「そんなの…。まだ全然、気にすることないと思うよ。二十歳そこそこなんだから、先は長いし。正式メンバーになるときに診察受けてチェックは済ませてるんだから、身体の機能は問題ないはずでしょ?」 わたしたちの会話の内容に背後の高橋くんが眼を白黒させてる気配が伝わってくる気がする。 おそらく外で彼が積み重ねてきた常識からすると、こんな習慣はとんでもなく規格外な代物なのかも。 だけど今、高橋くんから集落がどう見えるか気に病んでも仕方ない。わたしは彼の存在を頭から押し出し、目の前の彼女の気持ちを浮上させることに全力を尽くした。 ちえりちゃんはわたしのなけなしの力を振り絞った励ましに顔を上げ、それでも何とか健気に笑ってみせる。 「それはまあ。そうなんだけど、機能に問題なくても妊娠しやすいかどうかは体質もあるみたいだから。わたしは孕みにくい体質なのかな、って…。けど、そんなのまだわかんないよね、確かに。ごめんね、凹んだ顔なんか見せちゃってさ」
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