第5章 キャットファイト寸前 in 配給

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第5章 キャットファイト寸前 in 配給

結論から言えば。ただの付き人のわたしは、件の高橋くんと技術部長との会合には同席が叶わなかった。 集落の一般人であるわたしにはVIP二人の間で交わされる会話を聞く権利などない、と判断されたらしい。それはそれで構わない。 別に盗聴器を取り付けてでも(もちろんそんなものここには存在しないが)、高橋くんの宿舎に忍び込んでクローゼットの中に身を潜めてでも。何としてもその内容を知らないと気が済まない、というほどのことでもないし。例え何らかの手段を取ってまでして会合の中身を知ったとしても、わたしにとってそれが大した意味があるとも思えない。 けど、一言一句を耳にしたいとは思わなくても。彼と雲上人の間で密かにどんなやり取りが交わされたのかはちょっと気になる。というか、技術部長からどんな返答が返ってきたのかは教えてもらえなくても。高橋くんがわざわざ彼との面会を申し込んでまでして何を訊きたかったのか。それくらいは知りたいかも。 「え、別に?普通だよ。…外は今どんな様子か訊かれたからその質問には答えて。こっちから訊きたいことを訊いて、それに逐一答えてくれた。ほんとにそれだけ。大したことは何もないよ」 けろっとしてそんな風に言って済ませようとする高橋くん。いや、そんなことないだろ。 「その程度なら別に、村長や役場の人でも答えられるじゃん。…もしかして。高橋くんがする質問に答えることより。リアルな外の様子を詳しく教えて欲しかったのかな、向こうが?」 わたしが首を捻ってそう呟くと、彼は面白がるようないつものあの笑みを浮かべた。 「さあ?…どうだろ。もしかしたらそうかもね。確かに、こっちからした質問には。それほど目新しい答えは返ってこなかったかな。俺の方がよほど腹を割って話したと思うよ、結局」 それから、山本さんも他の誰も(わたし以外)その場に居合わせてなかったせいか。特にカモフラージュすることもなく、あからさまにふてぶてしい顔つきになって呟いた。 「あれは。…相当な曲者だと思うな、やっぱり」 いやあんたもだよ。 「大したこと聞き出せなかったんならまあ、それはそれでいいよ別に。わたしには関係ないわけだし。…そしたら大体これで、集落内の見学は終わりかな」 わたしがそう水を向けると、彼は大袈裟に目を剥いて抗議してきた。 「え、全然だよ。ていうか、まだ集落の隅々までじっくり見て回れてないから。ほんの主要な施設だけじゃん。役場とか、倉庫とか」 まじか。 「あと見せるとこ、って言われてもなぁ…。技術本部は行けないってわかってるでしょ?サルーンは…。女連れで行ってもしょうがないとこだから、高橋くんが自分一人で顔出せばいいと思うし。わたしがついてないと見られないところなんか。特にもうないんじゃない?」 しばし思案しつつそう言うと、彼は意外にも冗談じゃない。とばかりに猛抗議してきた。 「いやそういうわけにいかないよ。ていうかさ。具体的にどこを案内してとか説明してほしいというよりも。この集落での普段の皆の暮らしぶりについて知りたいの、俺は」 今日も今日とて朝の天候観測に一緒に同行してくる。いや別に、嫌ではないけどさ。 わたし以外の人には毎日同じ地点で空を観察する、なんてことも。退屈で意味がないだろうなぁと気を遣ってあげてるだけなんで、こっちも。…と思ったけど。高橋くんはそんなわたしの述懐にも、ぶんぶんと首を横に振ってその気遣いを拒んだ。 「だからつまりさ。定点観測がしたいんだよ、みんながどんな風に日頃生活してるか。飾り気のない普段通りの姿が見たい。けど、純架ちゃんと一緒にいないと。俺一人で集落の中をふらふらしてたら、みんな警戒するし周囲に自然に溶け込めないでしょ?」 …なるほど。 「目眩しというか。カムフラージュとしてわたしの存在が必要なんですね。村娘Aと一緒に行動していれば一見モブ化できて。しらっと目立たず周囲を観察できる、と」 「村娘Aとかモブとか、そういう言葉よく知ってるなぁ。もしかしてRPGとか。やったことあるの?」 何でもよく知ってるのはあなたの方ですよ。 「一応集落に十台だけSwitchあります。って言ってわかるか。…わかりそうだね、高橋くんなら。各家庭にってほどは数ないから、体験用にって各学校に置いてある。休み時間とか、交替で取り合いだったよ。けどものによってはね。大昔はわいふぁいとかつーしんとか、あったらしいけど…」 「ああ…、対戦環境とかないもんね。したら格ゲーとかは。確かにずーっと同じ面子とか…」 即納得してる。本当に何でも話通じる人だなぁ。 彼は空を見上げるわたしの隣で自分は水平線へと視線をやりながら、のんびりしたいつもの口調で話を元に戻した。 「だから、そういうことだよ。普通の日常の話が知りたいの俺は。集落の人はゲームやるのかとか、ファッションに関心あるのかとかさ。そういう何でもない、細々したこと。…前から思ってたけど。純架ちゃんの服、可愛いよね。どれも清楚で可憐でよく似合ってる。それも、倉庫の中にあったやつ?」
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