夏の一幕、青色探し。

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 学校の中が何となくそわついている夏休みの前日。僕は、美術部の展示会のテーマに頭を悩ませることになった。夏休みの間に仕上げるように言われたそのテーマは 『あなただけの青を表現すること』。 青と言われて思いつくものなど、空や青色の絵の具だけで自分だけのと言われてもいまいちピンとこなかった。手汗でくしゃくしゃになってしまった紙を持って逃げるようにして学校を出た。  蝉がジーワジーワと鳴く声と滝のような汗に重たい瞼を開く。部屋の壁掛け時計を見れば八時を指していた。窓を開けても望んでいた涼しさは得られず、ただ眩しい日の光が目に刺さっただけだった。  適当に朝ご飯を済ませ、携帯と財布を持って家を出る。どこに行くかは決まっていない。しかしテーマが浮かばない時にうだうだ家に籠っていたって良い方向に転がらないのだ。太陽がじりじりと地面を焼いているがまあ何とかなるだろう。  結論から言えばあの判断は間違っていたとしか言いようがない。ヘロヘロになって歩く自分を太陽が真上よりちょっと低い位置であざ笑っている。途中で買った飲み物は無くなってしまったしこのままだと倒れてしまう。そう思いながら歩いていると、なにやら小さな建物が見えてきた。なんだろうと目を凝らしてみると軒先に「氷」と書かれた旗が下げられていた。今までの体の重さを振り切るようにしてその建物に急いだ。  中を覗いてみるとどうやらそこは駄菓子屋のようだった。四角い箱に入ったガムだとか、あの小さいドーナツだとかが三十円ぐらいで売られていた。それらに誘われるがまま僕は店の中へふらふらと足を進めて行った。 「あら。こんな暑い中こんにちは。体が真っ赤だけれど大丈夫?」  ふいに声をかけられて驚く。店の奥からおばあちゃんがやってきたのだ。 「かき氷、食べたくて。」 外の暑さとおばあちゃんが急に現れた驚きでなんだか変な文章になってしまった。失礼だったかなと焦っていると 「おやまぁ。急いで準備してあげましょうね。お店の中を見ながら待っていて。」 とおばあちゃんはまたお店の奥に引っ込んでしまった。言われるがまま、店の中を見ているとサイコロ型のキャラメルや、小さいドーナツ、細長いゼリーなどが所狭しと陳列されており、見ていて飽きない。ふと、目線の先でラムネが冷やされていることに気が付いた。かき氷だけではきっと体が冷え切らないと思うし買っておこうか。そう思い一本取り出す。瓶は見ているだけで体の火照りを冷やしてくれるような、そんな水色をしている。思わず見とれているとおばあちゃんが戻ってきた。 「はいかき氷一つ。イチゴ味だよ。」 「ありがとうございます。」 一口食べただけで体の熱がすっと引いていく。思わずどんどん食べ進めてしまう。が。直後に僕を襲うあのキーンッとした頭痛。顔をしかめてしまうがお構いなしに食べ進める。あっという間にかき氷は無くなってしまった。おばあちゃんはそんな僕を見て優しい笑みを浮かべていた。 「そこに林に行く道があるでしょう?そこを抜けると海に出られるのよ。」 海。そう訊き返した僕の目はきっと輝いていたことだろう。海なら青いしテーマにピッタリかもしれない。僕はお金を払いながらここまで歩いてきた目的を思い出していた。ごちそうさまでしたと言って駄菓子屋を出る。また来よう。次は誰かを誘ってもいいかもしれないな。僕は軽い足取りで林のほうへ向かった。  木の隙間から太陽の光が細く入り込んできらきらと光っている。外では眩しかった太陽もここでは自然の素晴らしさの引き立て役だ。さっき買ったラムネを飲みながら海へと歩く。開けるときにポンと音がするこいつは飲むときにちょいとコツがいる。ビー玉をいや、ラムネに使われているものはエー玉と言うんだったか。まあ今はどちらでもいい。それを瓶の出っ張りにひっかけてやる必要があるのだ。絶妙な角度で飲む必要があるのだがそれがなかなか楽しい。  ラムネが無くなり、ビー玉が飲み口にかぽっと嵌ったぐらいの時、林の終点が見えた。あまりの眩しさに目を伏せて出る。そこに広がっていたのは、波が静かに寄っては引いていく、海だった。ラムネの瓶よりも少し暗く、それでいて優しい色をしたそれに僕は自然と足をつけていた。少しぬるいけれど心地よい感覚。その感覚を楽しみながら歩いていると視界の端で何かが光った。近づいてみるとどうやらそれはガラス片のようだ。シーグラスと呼ぶのだったか。空になったラムネの瓶とも、海の色とも違うそれを拾って恨めしい太陽にかざしてみる。青いシーグラス越しに見る世界はいつもよりも全体的に青みがかっているが、なぜだか透き通って見える気がした。  不意に、風が一つ足元を駆け抜けた。カモメがどこかで鳴き始めた。これが僕だけの青。足元で波が寄っては引いていく。ひどくすっきりした気分になった僕はもう少しこの青を楽しんでいくことにしたのだった。
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