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天空の神殿
ログは意識を取り戻すと、まず目の前に広がる壮大な景色に圧倒された。
足元には透明な床が存在し、その下方には果てしなく雲海が広がっている。
ログは天空に浮かぶ祭壇の上に横たわっていたのである。
「ここが異世界か……凄いな」
祭壇は白い大理石で造られており、表面は美しい彫刻や細工で飾られている。周囲には高い柱が青い空に向かって立ち並び、当然のように複雑な装飾が施されては優雅な彫刻や宝石が煌めいている。
風が吹くたびに柱の間から心地よい音が響き渡り、祭壇により神聖な雰囲気を与えていた。
ログはその祭壇の装飾をなぞったり感触を確かめたりとしていたが、やがてその視線を周囲に移し始めた。
注意深く辺りを見渡せば、薄っすらと見える光の階段。
下った先に祭壇同様に白く美しく飾り立てられた神殿のような建物が見える。
「取り敢えず降りてみるか」
下から柔らかな光が差し込む階段をゆっくりと踏みしめてログは天空の祭壇を降りた。
光の階段を降った先にある神殿は聖域を思わせるような深い森を切り拓いて存在し、建物の周囲には美しい花々が咲き乱れ、彩り豊かに風に揺れては優雅な香りを漂わせる。
ログはその荘厳な雰囲気に酔いしれながらも階段の続く先にある神殿に近寄った。
「まるで神話に出てくる神殿だな」
ログは自然と祀られる存在であるかのような位置から神殿に立ち入った。
「神様降臨みたいな転生なんだなー、俺」
滑らかな大理石の床。壁面から柱、高い天井に至るまでの美しい彫刻。
色鮮やかなステンドグラスに彩られて射し込む柔らかな光。
空気は少し冷たく、しかし逆に清らかさを際立たせている。
そこは穏やかな静寂に包まれていた。
そしてその空間の中央には跪く1人の女性の姿があった。
彼女の姿はまるで神殿に飾られた美しい絵画から抜け出したようで、天使のような優しい雰囲気と輝きを纏っていた。
髪は流れるような黒髪で宝石のような輝きを放つ。瞳は深く澄み渡り星のような輝きを宿す。肌は乳白色で透明感に満ち、まるで月の光がそっと彩るようだった。
白い衣装を身にまとい、その衣装は繊細な刺繍や美しいレースで飾られている。
女性はログが足を止めると静かに顔を上げ、微笑みをたたえた。
「お待ちしておりました」
その優雅な仕草や微笑みには、純粋な美しさと慈愛が溢れている。
ログは世の中にはこれ程美しい女性がいるものかと少したじろぎながらも、すぐに1人残して来た幼馴染みの少女のことを思い出し、浮かれる思いを振り払った。
思い返してみれば、その軽く浮かれた気持ちが前世での命取りに繋がった反省もある。
「あの、如何なさいましたか? ヴァレリオス様」
呆けていたログの意識を女性の声が引き戻す。
「ヴァレリオス?」
「はい。……それともお姿とともに御名もご変更なさいますか?」
「姿……? 名前……?」
「では、失礼いたします」
そう言うと女性はゆっくりと立ち上がって両手を前方へ伸ばした。
「ジェネレート:ミラー」
すると女性の差し出した両手の前にログの全身を映し出す鏡が現れた。
「これが……俺?」
鏡に映るのは清潔感のある端正な顔立ちを持つ青年だった。
彼の目は鮮やかな琥珀色で輝き、知識と冒険心に満ちた輝きを秘めているように見える。
自然と弧を描く白眉、透き通るような肌にスマートに整った鼻や口。
髪の毛は少し長めで前髪は優雅に額にかかっている。
微かな輝きを放つその髪は彼の品位と凛とした雰囲気を強調していた。
王への注文通り身長は高く、足も長い。身体付きも筋肉の筋が薄っすらと見える程度に引き締まっている。
初期装備となる服装はシンプルでありながらスタイリッシュである。落ち着いた色合いで統一されており、品のある雰囲気を醸し出していた。
ログは生前よりも総じて高水準に整った容姿に恐縮しつつも満足をしていた。
「大変お似合いです。お名前の方は如何なさいますか?」
「もしかして誰かとお間違えではないですか? 俺は新井六虹。ログと呼んで下さい」
「かしこまりました、ログ様」
「実は俺、たった今ここに転生したばかりの人間なんですが……」
「お言葉ですが、ここには私達しかおりませんし、天空の祭壇へ登られたのも降りて来られたのも王様ただ1人だけですよ?」
女性はそう言って硬い雰囲気を少し緩め、親しみを込めた笑みを浮かべた。
ログはそれを聞いて一つのことを察した。
「もしかして、貴女がアイリスさん?」
「ふふっ。そうでしたね……初めまして。私はアイリスと申します。王様のお付きをさせていただいております。ログ様におかれましても以後お見知り置き下さいませ」
アイリスはそう畏まりながらもログが王であることを些かも疑っていない様子で、悪戯めいた笑みを浮かべていた。
「さてログ様、そろそろ王城へ戻る時間となりますが」
「王城? 戻る?」
「お戯れを。今頃王城はきっと、大変なことになっておりますよ?」
「ちょっと待って下さい。何か俺、話について行けてないんですが……」
「困りましたわね……こんな時に王様は一体どちらへ……?」
アイリスは困った表情を浮かべつつも横目でチラチラとログに視線を投げていた。
「王様なら先程、旅に出るとでもアイリスさんに伝えるよう言っていましたよ?」
「旅……ですか……」
「一体、何があったんです?」
「何から申し上げれば良いのか……」
アイリスは片手を自らの頬にあて、更に困った様子を見せた。
「簡単に言いますと、ヴァレリオス王は突如このアース王国をお創りになり、我々に様々な制約を課したのです」
「あ〜。そう言えば先程アース王国へようこそとか何とか言っていたのは聞きました……そうか、ここはアース王国と言うんですね?」
「はい、その通りです」
「突如として……ってことはアース王国は建国直後ってことで良いんですかね?」
「はい、その通りです」
「それに制約ってことは法律やルールみたいなものと考えておけば差し支えないでしょうか?」
「はい、その通りです」
「なるほど解って来ました。要はその王様が作ったルールがやたら厳しくて皆が困っていると?」
「はい、その通りなのですが……」
「どうしました?」
「ログ様……? 一体この設定はいつまでお続けになられるのでしょうか……?」
ログにはアイリスが困惑する理由に思い当たる節はない。
ただ漠然とアイリスが自分を王と勘違いしていることだけは伝わっていた。
「あの……アイリスさんは本当に勘違いをされているようですが、俺は本当に何も知らない部外者なんです。人違いなんですよ」
アイリスは恨めしそうな上目遣いでログを見た。
ただそこに怒りはなく、逆に少し膨れて見せたその仕草は元々の美貌も相まってログの心を打つ。
「ともかくログ様。一度、王城へご足労願えませんでしょうか?」
「俺が? どうしてまた?」
「どうしてとは……ですから、この状況を皆に良く説明して頂きませんと……」
「弱ったなぁ……どうすれば俺が王様じゃないと解ってもらえるんだろうか」
ログは腕を組み、首を傾げた。
「とは言え俺もこの世界のことを何にも知らない訳だし、ついて行ってみるのも悪くないか……」
ログが発言するとアイリスの表情は途端に花開くが如く明るくなる。
「ありがとうございますヴァレ……ログ様!」
アイリスはログの両手をガッシリと掴み感謝の意を表していたが、ログから見ればそれは逃がすまじと捕らえられたかのようだった。
「じゃあまずは、その王城とやらに案内してもらおうかな」
「はい喜んで。王城はここから少し離れた天空の王都セレスティアに存在します」
「天空都市! そりゃあ天空の祭壇があるんだから、あるんだとは思っていたけど、凄いな。早速注文通りの天空都市か……」
「注文……?」
「いえ、こちらのことですからお気になさらず」
ログは一つ咳払いをして誤魔化す。
「では、そのセレスティアにはどうやって行くんですか? 上の祭壇から見たところ、ここは小さな森のような島に見えましたが」
「そうですね、ここはミスティコア。聖域と呼ばれる森ですから普通には立ち入れません。セレスティアとは聖域の守護者でもある天空竜の力を借りて行き来することになります」
「ドラゴン!? 何それめっちゃファンタジー!!」
ログは興奮を抑えきれず飛び上がった。
「お喜び頂けたようで何よりです」
「凄い……思ってた以上に凄いよ異世界……」
「それはもう。ヴァレリオス王自らがお創りになられた世界ですから」
そう言うアイリスの優しい笑みと言葉には一切の皮肉は含まれない。
「見たい見たい見たい見たい……早く見たいっ!!」
天空都市、聖域、ドラゴンと、異世界ならではのワードによってログの心中は生前の感傷を完全に隅に追いやっていた。
圧巻の景色から始まった異世界はログの好奇心を刺激して止まない。
「そうとなれば早く行きましょうアイリスさん! 天空都市セレスティアへ!!」
「はい。それでは私について来て下さいね、ログ様」
こうしてログはアイリス案内のもと天空の神殿を出、異世界への第一歩、聖域の森ミスティコアに足を踏み入れたのだった。
ログの心は、新しい世界への希望と冒険心に満ち満ちていた。
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