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聖域の森と天空竜(1)
その森は古代の森と呼ぶに相応しい。
苔生す木々の幹は太く、厚い樹冠が光を遮り神秘的な光と闇のコントラストによって幻想的な雰囲気を醸し出していた。
静寂に包まれた森は新鮮で神聖な空気が流れ、木々の葉が微かな音を奏でている。
踏みしめる足元にも柔らかな苔と色とりどりの野の花が咲き誇り、微かな香りが漂っていた。
鳥たちのさえずりが遠くで響き、時折小さな森の生き物たちが悠然と暮らしている様が垣間見える。
時折風が吹き抜け、木々がささやき合い、森全体が微かに揺れる様子はまるで自然の歌が奏でられているかのようだった。
「なんて綺麗な場所なんだ……」
その雄大な光景に思わずログは感嘆した。
「ログ様、こちらへ」
先を歩くアイリスは振り返り、森の入口までログを促す。従ってログがアイリスの隣に立ち並ぶと、そこへ一陣の爽やかな風が駆け抜け、森に鮮やかな光を齎した。
生命の息吹がその森の隅々まで満ち溢れ、次いでログとアイリスが森に足を踏み入れると、自然の織り成す迷宮が拓くように2人の歩むべき方角に向かって道を現した。
「すご……」
「邪なる者は立ち入ることさえ叶わぬ聖域とされておりますので」
「少なくとも俺は邪なる者ではないってことですかね?」
「困ったものです……」
アイリスは返答に明言を避け、その現れた森へ歩みを進めた。
ログもまた仕方無くそれについて歩く。
森を進むにつれ、やや木々の密度が薄れ、やがて澄んだ湖や天空からの滝が現れた。
「着きました」
アイリスが告げる。
水の音と共に美しい光景が広がる。
そしてその水辺に佇む一匹の竜の姿。
その姿は壮大で、まるで神話から飛び出したように美しく威厳にあふれていた。
巨躯の鱗は緑と金の輝きを放ち、その眼光は深い知恵と力強さを宿して静かな威圧感が漂っている。
風に舞う葉々が竜の鱗に触れるたび、微かな音が響き渡った。
「凄いな……どう見ても想像通りのドラゴンだ……」
ログは感嘆する。
竜の背中には古代の紋様が刻まれており、それは生涯の長い歴史を物語っているかのよう。そしてその一部さえも苔生し隠れる様子は森と竜の永遠の結びつきを象徴しているようだった。
「お待たせ致しました、セラフィウス様」
アイリスが穏やかな声を竜に向けた。
「ふむ……」
竜は穏やかな目でアイリスを見つめた。
その眼差しには温かさと深い理解が宿っていたが、それが隣に立つログに向けられた時、その瞳孔は鋭く絞られ、魔力が籠もって色を変えた瞳は多分の威嚇も含んでいた。
「アイリスには変わりが無いように見えるが……しかしお主……一体どうやってこの聖域に立ち入った?」
竜は低い声でログに尋ねた。
「それは俺にも解りません。気付けばここに転生していたので」
ログは物怖じせず正直に答える。
「では聞き方を変えよう……ヴァレリオス王をどうしたのだ?」
竜の眼光はより鋭くなった。
「お待ち下さいセラフィウス様。それは一体どう言う意味でしょうか?」
両者の間に入るアイリスを翼の先で導くように退かし、ログを睨む竜。
「我はこの聖域の守護者……聖域内に存在する者は全て把握しておる」
竜はログが自ら隠し事を止めて真実を話すことを促しているような間を置いた。
しかしその間にログが答えなかったことで更に追及を深めて言う。
「その我が言うのだ。ヴァレリオス王の存在が消えた、と」
「確かに、俺は転生前に王に会いました」
「王は何と?」
「旅に出る、と」
「ふむ……嘘にしては下手過ぎるな……」
「なにせ真実ですから」
「では、こちらから見た真実を話そう」
そう言って竜は少しの間思考を巡らせた。
「ヴァレリオス王の存在が消えたのとほぼ時を同じくしてお主の存在が現れた。この聖域の真ん中に、我の聖域内感知を越えて突如としてな……これは一体、どういうことか?」
「さぁ……俺に聞かれても何とも言えませんが」
「まだ白を切るか……しかしな、こうもなれば状況的に考えて道は2つしかあるまい?」
ログは少し考えてから答えた。
「こう言いたい訳ですね? 俺が王であるか、あるいは、何らかの手段で王を消して成り代わったか」
「左様……だがしかし、お主が王でないことくらい我には解る」
「だけど俺は王位に興味はありません。即ち3つ目の答えを主張せざるを得ないのですが」
「ならば我も、聖域の守護者としての役割を果たさねばなるまいよ」
「つまり、貴方にとっての侵入者、俺を排除しようと言うんですね?」
「そうせざるを得まい?」
「なるほど……」
ログは不敵に笑った。
「これはちょうど良い」
それを聞いて竜は少し驚いた様子だった。
「ほう……まさか我と殺り合うつもりか。この聖域の守護者、天空竜セラフィウスと」
「こちとら授かったチート能力がどれ程のものか早々に試して見たかったところでしてね。聖域の守護者なんて立派な肩書き……相手にとって不足は無いかと」
「随分と舐められたものだな……何人の侵入さえ許したことのない我を眼前に」
竜はその広大な翼を広げ、上体を起こす。
「ま、普通に考えて序盤にゲームオーバーになるような設定はされてないでしょう……中途半端に後で詰むくらいなら今死んだ方がまだ諦めもつくってもんですよ」
ログは余裕の表情で軽く構えた。
「セラフィウス様、どうかお考え直し下さい。どうやら誤解をされているようです」
アイリスは困惑の表情で2人の間に割って入る隙を探している。
しかしそれは適わない。何故ならば両者間には既に一触即発の空気が漂っていたからだ。
「我を相手取れる者など王以外にはおらん……即ち、此奴が王であれば生き、王でなければ死ぬ。それだけのこと」
「その二択が既に間違っている可能性も考えた方が良いですよ?」
アイリスは挑発気味なログへも振り返り言う。
「ログ様も、そろそろお戯れはお止め下さい」
だがログは少しも顧みない。
「アイリスさんにも俺が王様じゃないってこと、解って貰わなきゃだしね」
その代わりにとログはアイリスに笑顔を向けたが、そこから振り返り、改めて竜と対峙した時には既に表情に緩みは消えていた。
「それを証明する時、お主は消滅しているのではないかな?」
「セラフィウスさんも、そう言うからには返り討ちにあっても文句言わないで下さいよ」
「ふっふっふ……ほざくがいいっ!!」
竜は咆哮とともに広大な翼を更に広げ、次いで力強い羽ばたきとともに突風を放った。
「くっ! 凄い風だ」
ログは腕を顔の前にし前傾姿勢で突風に耐えるが、竜は間髪置かずに尾をしならせてログを水平に凪いだ。
「ぐはっ!」
ログの身体は吹き飛ばされ、そのまま物理法則に従って湖の中央に着水した。
ログは初めての衝撃や驚きによって呆然と水面に仰向けで停滞していたが、その表情には一切の焦燥は無かった。
「ビックリはしたけど、ドラゴンの攻撃にも耐えるってことは、俺もそれなりに強いってことなんだろうな……なんかこう、ステータスオープン! みたいなワードで……」
水面を漂いながら腕を空に向けてログが言葉を発すると、目の前にステータス画面が表示される。
「うわ、本当に出た。流石に異世界だな」
ログは驚きながらも予め知っていたかのような迷いの無い手付きで画面を操作する。
「なになに……? 新井ログ。レベル1、職業なし、ステータスも平均10て……チートどころか完全なるレベル1だろこれ……」
戦闘中にも関わらずログは余裕だった。
「じゃあ魔法は……? デジファイア? これだけ? 完全に初級魔法みたいな名前だけど……」
ログは竜を視界にも入れず水面をプカプカ、ステータス画面の操作に注力していた。
「スキルも特に有用そうなものがないしなぁ……てか、これで良く今の一撃を耐えられたな、俺」
「ふはは……今更ステータスの確認か? 随分と余裕ではないか……」
水面のログを見下ろすように竜は宙を泳いでいた。
「言っておくが、今のはお主が我の攻撃に耐えた訳ではないぞ……なぁに、森を焼きたくなかったために湖上に飛ばしたまでのこと」
だがログは竜の言葉も耳に入らぬ様子で操作を続けていた。
「参ったなぁ……これの何がチートなんだろうか」
「どこまでもフザけた男よ……だがそれも良い。そのまま我が炎を前に灰となれ!!」
竜はそのまま上空で大きく息を吸い込み、ログに向けてブレスを撃ち下ろす構えとなった。
「お、もしかしてチートってこれのことじゃないのか……?」
その時、湖上に浮かぶログはようやくステータス画面に自身の武器を見出していた。
それは魔法でもスキルでもなく、『権限』と記載されている。
「創造、レベル10……そう言えばアイリスさんも唱えてたっけ、確か……」
しかし呑気に独り言を呟き続けるログを待つことなく、とうとう竜は全力のブレスを吐き出す。
「遊びは終わりだ……ドラグフレイム!!」
それに対し余裕の表情でログは片手を突き出し唱える。
「ジェネレート:なんかツエー炎! デジファイア!!」
その瞬間、ログの周囲から立ち上がる炎の柱。
それは竜が撃ち下ろしたブレスと中央でぶつかり合い激しく爆ぜた。
「なっ!? そんな馬鹿な……我が炎と相殺だとぉ!?」
竜は上空で慄いているが、ログの方も竜とは別の意味で首を傾げていた。
「あれ? これで決まらなかったか。おかしいな……因みにセラフィウスさんのステータスってどうなってるんだろ?」
ログは相変わらずステータス画面操作を続けている。
「お、あったあった! 鑑定! 対象、セラフィウス」
ログが見つけたばかりのスキルを使用すると自身のステータス画面に重ねるように新たな画面が展開され、そこに竜のステータスが表示されている。
「なになに……? セラフィウス、レベル923、聖域の守護者、総合戦闘力……53万っ!? こっちは平均10だよ? なにその絶望の数値」
そこで初めてログは驚きを見せた。
「いやー、どう考えても人間の勝てるレベルじゃねー……その攻撃をも容易く防いだ俺もチートなのは良く解ったけど……」
ログは顎に手を当てて考えた。
「問題はどうやって俺の攻撃を通すか」
桁違いのステータスをゴリ押しされるとログには勝ち目が無い。
更に水上に浮かび満足に動けない状況も重なる。
そんな状況にログが悩んでいると、突然脳内に何者かの声が響いた。
「マスターに提案します」
ログは突然の声に驚きながらも周囲を見渡した。
「今度は誰だ?」
しかしログの周囲には誰もいない。
「申し遅れました。私はナヴィ。マスターをサポートする者であり、マスターの一部でもある者です」
「なるほど、これも異世界あるあるサポート妖精的な存在という訳か」
「流石はマスター、現時点の認識として差し支えありません」
「そうか、よろしく頼むよ……早速だけど、今ちょっと取り込み中でさ」
「承知しております。そして現況を打破すべくナヴィが推奨いたしますタクティクスは、謂わば短期決戦です」
「短期決戦?」
「はい。先程の、なんかツエーデジファイアを推進力とし不意を突いて懐に飛び込み、強烈な一撃で決めるのです」
「して、一撃で決める攻撃はどうする?」
「同様になんかツエー武器を創造されてみては如何かと」
「よし、その案でやってみよう」
ログは不敵に口の端を釣り上げた。
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