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幼竜ソラリス
「少なくとも、お主が嘘を吐いていないと言うことは我にも伝わった……」
改めてログの話を聞いた竜は深い理解を宿す瞳をログに向けた。
「そんな……ログ様がヴァレリオス様でないとしたなら、本当のヴァレリオス様は今、一体どちらへ……?」
反対に混乱と困惑に囚われたのはアイリスだった。
「問題はそこだなアイリスよ……我が判断に迷っている点もそこに関連する。何せログが用いていた権限はまるで王そのものであるのだからな」
「はい……私には未だ疑いようが御座いません」
アイリスは頬に手を当てて困った顔をした。
「ちょっと待って。権限……って、俺、アイリスさんが使ってたジェネレート何とかってのを真似してみただけなんだけど……」
ログの言葉にアイリスと竜は顔を見合わせて苦笑する。
「お主、本当に何も知らぬようだな……良いか? このアース王国においては殆ど全ての者がお主のように創造権限を持っている。それは間違い無い。だがな……」
「その殆どの者は創造レベル1。私が使ったように鏡などの生活用品程度の創造が限界なのです。もちろんそれは鍛えて何とかなるようなものでもなく……」
竜とアイリスの解説にログはたじろぐ。
「え……?」
「例えば騎士や冒険者であればレベル2相当の武具を創造可能な者もおります。更に精鋭が集う近衛騎士の中にはレベル3相当のレアドロップアイテムを創造する者も。ただし、その用途は日用品の携帯スキルとして扱われる程度の認識なのです」
「それをお主は、我に深手を負わせる程の魔法や剣を次々と、しかも完全なる無から生み出しおってからに……」
「もしかして俺、相当ヤバい……?」
「「チートだな(ですね)」」
「うぐ……」
ログは思わず後退った。
「ともかく、それを踏まえて現状を考え直して見ますに、恐らくログ様は本当に王様ではないのでしょう。しかし、何かしらの関係性を持っている」
「善か悪か……我等にとって目が離せない存在であることには間違いが無いだろう」
「マジか……」
「そこでだ」
竜はそこで改まってログを見た。
「お主には1つ、我等の監視の目を付けようと思う」
「監視?」
「そうだ……」
そう言って竜は翼を使い、自身の側に寄り付いていた幼竜をログの方へ押しやった。
「我が娘ソラリス……まだ幼い竜ではあるが、やがてはこの聖域を守る使命を持つ天空竜でもある……我に代わってお主を見定めるだけではなく、お主について世界の見聞を広めて欲しいと考えている」
「ピィ?」
幼竜は心配そうに竜を振り返って見上げた。
「良いのか?」
「我はこの聖域を離れる訳にはいかぬ。やむを得ないだろう……なぁに、幼くとも天空竜。獅子が千尋の谷へ自らの子を突き落とすのと同じようなものよ」
「異世界まで来て、千尋の谷かぁ……」
「娘を、任せても良いか? 我が友よ」
「そう言われると断われないな……」
「ふっふっふ。いずれ何かの役に立つこともあるだろうて」
「解ったよ。大切に面倒見るから安心してくれ」
「よろしく頼む」
竜はそう言って幼竜を更に前へと押し出す。
「ピィィ……」
幼竜は不安げに竜へ振り返る。
「ソラリスよ、これも天空竜の定め。その使命、しっかりと果たして来るのだぞ」
「ピィ……」
「なぁに、我の見立てではログは悪しき者では無いだろう。だが、いずれこのアース王国において重要な意味を持つ者になることは確実だ。お前はその時しっかりと使命を果たせるよう、ログについて己の為すべきことを為せ」
「……ピィッ!!」
幼竜は僅かな逡巡を経て力強く応えると、まるで挨拶のようにログの周りを飛び回った。
「ハハハッ! よろしくな、ソラリス」
「ピィッ!」
ログは拳で、宙を舞うソラリスは鼻先で、軽く小突き合うように絆を結んだ。
「さて。ではアイリスよ、セレスティアへの帰り道はソラリスに任せるということで良いかな?」
一同落ち着いたところで竜が切り出した。
「もちろんです。心強いご支援ありがとうございます、セラフィウス様」
アイリスは笑顔で応える。
「ちょっと待って。帰り道って……まさかこんな小さなソラリスに2人で乗って帰るとか?」
ログは不信な顔で尋ねた。
「まさか。しかし口で説明するよりもやってみる方が早かろう。ソラリスよ、やってみなさい」
「ピィッ!」
竜の指示を受けてソラリスはその小さな身体に魔力を巡らせた。するとソラリスの身体は仄かに青白い光を纏い、次いでログとアイリスの足元には同じ色の光を放つ魔法陣が発生した。
「ピィィー!」
ソラリスの咆哮を合図として魔法陣はその形を崩し、ログ達の身体を薄い光となって優しく包む。すると忽ちの内にログ達は重力の制約から解き放たれた。
気付けばログ達の足は地を離れていた。
「うわっ、浮いてる! 俺、宙に浮いてるよ!」
「うふふ。ログ様。実は先程もそうやってセラフィウス様に湖畔まで運んで頂いたのですよ?」
「そ、そうだったんだ……ソラリス。お前、まだ小さいのに凄い力を秘めているんだな」
「それはそうですよログ様。ソラリスも幼いとは言え天空竜ですから、それなりの力を持って生まれているのです」
「そうだったのか……どれ、鑑定。ソラリス」
そうしてログの眼前に表示されたソラリスのステータス。そのあまりの高さにログは一瞬自分の目を疑った。
「は? ソラリス、レベル15、天空竜、HP550、MP230、STR《ストレングス》150、VIT《バイタリティ》180、いや、他のパラメータも変だな……なんかのバグか? 平均10の俺より圧倒的に高いんだが……? は?」
「ピィ!」
ソラリスは得意げに胸を張った。
「このアース王国では、見た目で強さを判断してはいけませんよ、ログ様」
アイリスが優しくログを嗜めた。
「おかしいな、俺もレベルが上がればそんなふうになるのかな?」
ログはアイリスに尋ねた。
「いえ、中々に種族の壁は超えられるものではありませんよログ様。人種族としては鍛えても精々ステータス各項目の最大値は200~300程度、その道に才能のある者が他を切り捨てて極めても500には届かない程度なものです」
「え?」
ログは目を点にして、暫く放心して、それからゆっくりと首を竜に向けた。
「えっと……。俺、さっきセラフィウスさんと戦った時にステータス鑑定したんだけど……十数項目のステータスをどう足し上げても合計値が何桁か違う気が……?」
「はい。私は心配で心配で、この胸が張り裂ける思いで御座いました」
アイリスは困りながらも半分呆れたように頬を膨らませた。
「ログよ……お主が持つ力の意味、少しは理解できたようだな」
竜は深く諭すように言う。
「我からはその力、そう易々と使うべきでは無いと忠告させてもらおうか」
「わ、解ったよ……なるべく使わないようにしなきゃな……」
「ふむ……お主が話の解る者で安心したぞ」
「私もです」
アイリスと竜は深く頷く。
「俺も……迂闊に危ない奴の前でボロを出さなくて良かったよ。ありがとう2人とも」
「なんのこれしき……だがログよ。お主は実に危なっかしいことが解った……暫くはアイリスと行動を共にし、アース王国の常識を学んでは如何かな?」
「はい! 私からも是非! ログ様は今のところヴァレリオス王に繋がる唯一の手掛かりですので」
「そう言うことなら、やはりまずはアイリスさんの言う通り、天空都市セレスティアに行ってみるのが良いみたいだな」
「はい! これからよろしくお願いいたしますね、ログ様!」
アイリスはログの手を両手で握って微笑みかけた。
その美貌を前に、ログは頬を赤らめ、視線を逸らすしかなかった。
「ピィッ! ピィィ!」
そんな様子を見てソラリスは声を上げた。
「うん? なんだソラリス? お前まさかログにヤキモチでも妬いているのか?」
「ピィィーッ!!」
ソラリスが力一杯咆哮すると魔力が乱れて魔法で宙に浮いていたログの身体はバランスを大きく乱す。
「うわっとっと。ソラリス、お前!」
「ピィ! ピィッ!!」
「解った、解ったって」
ログが宥めることによってソラリスの魔力操作も落ち着きを取り戻す。
「それじゃあ、俺達は行こうか。天空都市セレスティアへ」
「そうですね。ソラリス、お願いしますね」
「ピィッ!!」
ソラリスは空中で踊るようにログ達を支える魔法を操る。
ログは魔法によって浮遊する感覚を味わいながら、風になびく髪を後ろに流し、大胆な笑みを浮かべる。
それは冒険の予感を確信した少年の顔だ。
「ログ、そしてソラリス。気をつけるのだぞ」
我が子を送り出す感慨を抑えて竜が言った。
「あぁ、たまにはソラリスを連れて遊びに来るからな」
「ピィ!」
ログとソラリスは竜に向かってその手と翼を振った。
体が上昇するにつれ、徐々に小さくなっていく竜を眼下に、ソラリスは一度大きく咆哮し、やがてログとアイリスを連れて聖域の森を飛び立ったのだった。
眼前にはまるでこれからの冒険を象徴するかのように青い空が無限に広がる。
ログはその一瞬一瞬を心に刻み付けるように、ただただ変わらぬ景色の眼前にその瞳を輝かせていた。
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