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愛の交換
「タマ、俺……お前が幸せになれればいいと思ってたんだ」
腕の中で、泣きながら震えるタマにこれからを伝える為に。
俺はその耳元に唇を近づけて囁いた。
「でも、気づいた。男として……お前にやれるもんが無くても。俺はお前を自分の手で幸せにしたい」
ふ、と息を止めて。
タマが身体を固くした。
無理だ。
そう言われたら、担ぎあげる。
それくらいの気持ちで返事を待っていた。
「……迷惑、かけますよ?」
震えた声が、確認の中の奥底に願いを滲ませている様に聞こえた。
俺がタマに手を取って欲しいと思う気持ちと同じ重さで、タマは俺に問いかけていた。
「お前に会えずに、離れて過ごすほうが迷惑だ」
数秒の沈黙。
俺の胸に手をついてタマが顔を上げた。
濡れて、可哀想な程揺れた瞳が俺のそれと合わさる。
誰に見られてもおかしくない路上で、見つめあった十数秒。
頼む、と俺はその瞳を見つめ続けた。
……タマは頷いた。
今まで見たどれより強い光を放った瞳で。
ひらり。
腕の中から抜け出たタマが玄関に向かって走り出した。
「必要なものだけ取ってきます!」
軽やかな素足のリズム。
揺れるスカートの裾。
その後ろ姿は俺から離れる為ではなく、これから俺と過ごす為の助走だ。
何があっても、もう独りで泣かせたりしない。
その背中を目で追いながら、俺は一生変わらないだろう決意をした。
エンジンをかけて、バイクにまたがったまま。
何時でも走り出せる姿勢で待った。
黒いスキニーパンツとシャツに着替えたタマが、デカいリュックを背負って走って来た。
お綺麗な奥様が鎧を脱いで、俺の好きなタマになって駆けて来る。
ひらり。
俺の腕から抜け出した時と同じ、迷いない動作で俺の後ろにまたがった。
俺が手渡したメットを被って、ぎゅっと俺の腹に腕を回す。
いくぞ、とその腕をポンポンと叩いて……俺は一度大きくアクセルをふかして走り出した。
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