おこもり旅行

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タマの心に、一遍の曇りもない。 そうな風には思えずに、俺はただタマの身体を抱き締めていた。 タマはいい女だ。 優しくて、心が綺麗で強い。 それでも、受けた痛みを綺麗さっぱり消して忘れるなんて芸当出来るわけがない。 ……これは願いだ。 今は無理でもそうありたいと願う、タマの心。 「……わかった、金も拒否して蹴り飛ばしてやろうぜ、遠くに」 「はい」 これから先、アイツらが自分ではない俺や家族に何かしないか。 そう考える方が辛いなら。 俺のこの、怒りは無意味だ。 タマが幸せじゃなきゃ、俺が居る意味は無い。 「……晩飯なんだろうな?」 「楽しみですね」 ここで二泊、ゆっくり考えるはずだったこれからがものの数時間で決まってしまった。 あとは二人、楽しむだけだ。 俺達が金を拒否して、その後向こうがどう出てくるか……それは今考えても答えは無い。 「飯食って、温泉に浸かったら……夜は何する?」 俺はタマと違って心が汚れてるから、痛みには痛みを返してやりたい。 燻る怒りを消す努力より、相手に返す方法を探してしまう。 きっと、俺は一生アイツらにムカつきながら生きる。 それでも。 「星をみましょう!天気がいいですから」 綺麗だな、本当に。 俺には勿体ない。 だからこそ、俺は変わらなきゃいけないんだろう。 夕食は美味かった。 職業柄、それを半分研究しながら味わう俺の前でタマはニコニコしながら飯を食った。 ほんの少しだけとビールも飲んで、頬を薄く染めた顔が艶っぽい。 薄いピンクの浴衣を選んだタマは、適当に選んで出てきた俺の浴衣姿をえらくお気に召した。 素敵!と何度も目を輝かせて何枚も写真を撮った。 俺は俺で、タマの写真が欲しくて、タマの肩を抱いて一枚だけ自撮りした。 まるで、身に余る夢を見てるみたいだと思う。 何の迷いもなく、こいつだと確信出来る女と温泉旅行に来てる。 まだタマに出会う前、金を稼ぐ為に会っていた女達は俺の相手が自分だけじゃないと感じると、俺が自分を優先する様にとありとあらゆる贅沢をさせようとした。 それこそ、晩飯で十万を軽く払う店に連れていかれもした。 ホテルだってただ抱き合って泊まりもしないのに、やたら良い部屋を用意したりもした。 ここは食事込みでそれより随分安いのに。 ……何もかもがあの時より満足感を与えてくれる。 「タマ、あんま飲みすぎんなよ?」 「大丈夫ですよー」 コロコロと楽しそうに笑うタマは、多分もう軽く酔い始めていた。
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