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船で戻って車を借りれば、観光も出来るとタマに言ってみたけど。
タマはここでいいと笑って、結局翌日も二人で長い昔話をして過ごした。
俺は生い立ちを話したことで、タマに色々な話しをする事ができたから。
タマは、俺が匡生とガキの頃やらかしたヤンチャに腹を抱えて笑った。
ただ景色を眺め、笑うタマにキスをして。
触れたいだけ触れた旅行。
その穏やかな時間を満喫しながら、俺はまだ胸の中に燻る気持ちを持て余していた。
本当にいいのか。
アイツらに何も返さないで。
親を使って親父さんに連絡を寄越し、アイツ自身は金で済ませようとしている。
タマや、タマの家族に心底の気持ちで頭も下げずに最低限の痛手で事を済ませてしまう。
それでもいいと、俺との人生を掴もうとしてくれているタマの気持ちを有難く受け取りながら。
俺はどうしても納得する事が出来ずにいる。
それは幼い頃、周りとはちがう家庭環境を悔しく思っていた感情とよく似ていた。
恵まれた環境であるが故の、旦那の逃げ方が俺をよりイラつかせたのだと解りながら。
楽しくタマと過ごす時間の中で、ふっと浮かぶその苛立ちが……まるでこの時間をアイツに邪魔されている様な気がして。
タマが望むように、そう思っている自分を揺るがすそれが……酷く苦しかった。
「タマ、店の空気だけ入れ替えて来る。荷物片しといてくれるか?」
「はい……一緒にいきますか?お掃除とか」
「いやいいよ、郵便物開けて適当にしてくるわ、ちょっと時間かかるから、ゆっくりしとけ」
玄関を入って、中の様子が変わらないのを確認した俺はタマにひとつキスをして家を出た。
連れて行く訳にはいかない。
バイクに股がってメッセージを打った。
控えていた柴田の連絡先にメッセージを送る。
向かうのは本当に店だ。
アイツらの職場の前で待ってやろうとも思ったが、それじゃ人目につく。
万が一タマの耳に入ればそれは、タマを悲しませる。
『二人揃って店に来てくれ。最後の話しがある』
それだけ打って店に到着して、換気をしながら。
俺は途中で買ってきた食材で料理しながら二人を待った。
出来上がった料理をカウンターに並べる。
五品目が出来た所で二人は現れた。
硬い表情の二人を、目線でカウンターに促した。
そうしながらもまだ、俺は料理を作っていく。
「座って、食え」
「………………は?」
そりゃそうだろう、こいつらからしたら敵である俺が、いきなり飯を食えと言う。
何が何だか分からない困惑顔に、俺は六品目を並べながら、
「残さず食え、あんたの嫁が俺に教わった料理だ」
一人分ずつのその料理。
それでも俺は七品目を作り出す。
男二人でも、食いきれない量なのは明らかだった。
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