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「……美味いか?」
「……」
「……」
曲がりなりにも料理人だ。
いくらこの二人を殴りたいほどムカついていようと、食材に罪はない。
致死量のスパイスをぶち込んでやりたい気分だが、プライドを取ってまともに作った。
それでも。
「アイツの作ったもんはもっと美味かったはずだ。……俺のこれには技術だけで心は微塵もない」
咀嚼と嚥下を繰り返す二人を見据えた。
「……お前らからの慰謝料は受け取らない」
ぱっと二人が顔を上げた。
旦那の顔は驚き。
柴田の目はそれと引き換えの制裁に怯えて揺れている様に見えた。
「お前らみたいな、浅はかな人間じゃねぇんだよアイツは……離婚の話しが出てから、お前ら何か変わったか?」
抑えろと、自分の胸に言いきかせながら俺は表情を消して旦那を見つめた。
「……金もいらねぇ、形だけの謝罪なんて余計いらねぇなぁ。……その代わり忘れんな。踏み台にした女のほうが、お前らよりずっとできた女だったって事を」
「痛みも悲しみも、全部切り捨てて正々堂々生きられる人間だって事。……せいぜいお綺麗なフリして悪い事なんてした事ない顔して、生きればいい」
ぐ、と柴田の肩に力が入った。
「貴方に何がわかる!背負うものも無いくせに!」
「背負うもんがあったら、誰かの人生踏みにじって正解か?お前らは選んでんだろ?」
怪訝な顔で俺を睨みつけた柴田を鼻で笑ってやった。
「恋人も、親からの信頼も、仕事も金も……何一つ手放せずにいる。どれひとつとして捨てられないのは、全部同じ重みだからか?」
親からの信頼、胸を張れる仕事、金。
そのどれも持ってない俺には確かに分からないかもしれない。
「……千奈さんが男性だったら、貴方は同じ事は言わない」
旦那が囁く様に言った。
苦い顔をしていた。
「……俺なら逃げる。全部捨てて千奈だけ連れて海外でも、山奥でも。……あれが笑えるように、自分のせいで肩身が狭いって泣かない様にお前さえ居ればいいって証明する」
嘘をつけと旦那の目が言っていた。
「……お前らには分からねぇよ、お前らが心底反省して千奈に謝るってんなら、俺は今すぐこの店を閉店してやる。アイツの悲しみを消してくれるなら、全財産、持ってるもん全部やるよ」
分からないだろうと思う。
きっとこいつらには。
「……全部食え」
俺はゴミ袋を一枚、カウンターに放り投げた。
「食い終わったら、皿はそれに入れて持って帰れ、お前らの手垢の着いたもんに触れたくない……吐くならそこに吐けよ?」
何を言っても響かないだろう。
それを予想できていながら、俺は奴らが見せかけの誠意で料理を平らげるまで、そこでじっと見ていた。
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