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新しい月
それから一ヶ月後には、タマと旦那の離婚は成立した。
親父さんと真知子さんは、有言実行で旦那の銀行から結構な顧客を消した。
驚いたのは、最後に聞いた奴らの情報だった。
元旦那は海外の営業所に出向したらしかった。
二人が望んだものか、ヤツの親父さんが命じたものかは分からない。
少なくとも数年は戻れないだろうと、タマの親父さんは教えてくれた。
そろそろ跡を継ぐ話しも出ていたらしい元旦那は、すんなりと跡継ぎとしての道を歩む事は出来なくなったんだ。
柴田はこちらに残る事を拒み、銀行をやめたと聞いた。
元旦那について行ったのか、それとも別れたのか。
もう興味はない。
タマは約束通り、俺の店の看板娘になった。
きっかり半年で、俺とタマは夫婦になり。
柳は有言実行で俺の店に就職した。
「何食うか決めたのか?」
「クリームパスタっ!」
「お前そればっかりだな、野菜も食え」
カウンターの一番奥の席にちんまり座った子供の前に、千奈がオレンジジュースと水を並べている。
「ジュースはご飯食べてからよ?」
「わかってるよー、チナっ」
千奈の髪質の、俺に似たその子は結婚一年目に出来た長男だ。
「こら、千奈じゃねぇ、ママだろーが」
「とーちゃんはママッて呼ばないじゃん!」
クソ生意気な息子は今年幼稚園の年長にあがった。
「当たり前だろうが、千奈はとーちゃんのママじゃねぇ、お姫様だ」
「もうっ、心さんっ!」
千奈がまた始めたと苦笑いをして、俺と息子の千奈の取り合いにため息をついた。
息子の前に、どうせパスタだろうと作っていたクリームパスタを置いた。
千奈に習って、好物だ。
店で食う時は必ず頼むから、メニューを広げる前に作り始める。
「とーちゃん!美味しい」
口の端にべたべたにクリームをつけて笑う顔は、可愛い。
「ほら、偉月お口拭いて」
一生燻るだろうと思っていた怒りと、自分の不甲斐なさに対する悔しさは日々の幸せに包まれ、滅多に顔を出さなくなってきた。
結婚してから今日まで、家族が増えても変わらない。
俺は千奈を幸せにする為に、毎日、一分一秒を生きている。
【完】
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