7556人が本棚に入れています
本棚に追加
2. 同期の姫
(そうだ、戻る前に何か飲み物でも買おう)
私はリフレッシュルームの出入り口近くにある自動販売機の前で立ち止まった。
どれにしよう?お茶はマイボトルで持ってきてるし、ミルクティーは飲み切れないかな。残業といえばエナジードリンク…さすがにやりすぎ?でも、このもやもやした感じをスッキリさせたい。。
いつもはあまり悩まないのに、今日はなかなか決められない。
あ、炭酸にしようかな。
あんまり甘すぎないのは―――
よし、炭酸レモンにしよう。
ようやく決めて、私はいつものように電子マネーで買おうとジャケットのポケットに手を入れたとき、ICカードの入ったパスケースが無いことに気がついた。
(あれ?何でないんだろう?)
午前中の社外でも打ち合わせに行った時は持っていたはず。
どうしよう、どこかで落とした?
ICカードは定期券として買っていたから、一瞬この後どうやって帰ろうと焦って、財布があるからたぶん大丈夫だろうと思い直す。給料日前でそんなに手持ちはないけれど、片道の電車代くらいは入っている。
けれど、最近それなりの金額をチャージをしたばかりだったから、失くしたダメージは大きい。
ああ、なんだか今日はツイてない日かも――――
「早瀬、独り言多すぎ」
「ぅわあっ!!」
不意に背後から声を掛けられて、私は反射的に声を上げてしまった。
「あ、、姫……?」
見上げると、そこに立っていたのは、同じ4年目の同期だった。
名前は姫元樹。
私は『姫』と呼んでいる。
私が出した大声にも特に驚いていないのか、長い前髪の間から見える表情は普段と変わらない。
「私、そんなに声に出てた?」
「ああ、ずっと小声でブツブツと」
やってしまった。
電話しているわけでもなく、自販機を見つめながらずーっと独り言を言っているとか怪しすぎる。
もうオフィスにほとんど人がいない時間でよかった。
最初のコメントを投稿しよう!