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それから、悟さんにおすすめをされて注文したいくつかの料理が並べられた。
そのどれもが美しい盛り付けに違わぬ美味しさだったのだけれど、特にアッシェ・パルマンティエという、細かくきったじゃがいもと牛ひき肉が重ねられたグラタンのような料理が飛び抜けて美味しかった。
「この料理、すごく美味しいです」
「本当?よかった。これはフランスの家庭料理なんだけど、俺も何回も試食したから味は保証するよ。あとはこのホタテのミキュイもおすすめ。ちょうど旬で良いものが入ったんだ」
「お料理の試食もされるんですね」
「これでも一応責任者だからね。でもお陰で短期間で5キロも太っちゃってさ!体重計乗ってびっくりしちゃったよ。元に戻すの大変だった」
悟さんがオーバーリアクションで話すのがおかしくて、笑ってはいけないのだろうけれど笑ってしまう。
そのとき、悟さんは私ではなくその後ろ側を見て、何かに気がついたような表情をした。
私が何だろう?と振り返ってその姿を認めたのと、悟さんが「あれ樹?」と呟いたのはほぼ同時だった。
―――姫だ。
姫は半階段の下から、私たちのいるソファー席を見上げている。
その目が悟さんから私に移って捉えると、驚いたように目を見開いた。
やっと会えた。
そう思ったのも束の間、姫は一瞬で顔を強張らせて足早に踵を返していく。
「あっ……」
ここで大声て呼び止めるわけにもいかず、私はその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
どうしよう。
追いかけたいけれど、この状態を何もかも放り出していくわけにもいかない、でも――
頭の中でどうにもならない堂々巡りを繰り返していると、悟さんが私の肩にそっと手を置いた。
顔を上げた自分がどんな顔をしているのか分からない。せめて、あまりみっともない顔じゃないといいなと思う。
「ここは俺がやっとくからいいよ」
「え、でも、」
「それより、樹のこと追いかけてあげて?」
まるで子どもを宥めるような、何もかも心得ているような穏やかさだった。
そのとき、きっとこの人には初めから――私がお店に来た理由も何もかもお見通しだったのかもしれないと思い至って、少しだけ恥ずかしくなる。
「そうだ、ちょっといい?」
悟さんは何かを思いついたように私を手招きすると、私だけに聞こえる小さな声で何ごとかを囁いた。
「――――――」
……どうして、今それを?
「チャンスがあったら樹に聞いてみて?あいつ素直じゃないからさ」
耳打ちされた内容の意味が分からなくて、私は心の中で首を傾げるしかなかったけれど、悟さんはそれ以上は教えてくれる気はないみたいだった。
私は悟さんに頭を下げると、鞄を持って姫の後を追いかけた。
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