14. 片割れの月

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14. 片割れの月

さすがにお店の中を全速力で走り抜けるわけにはいかなかった私は、迷惑にならない程度の小走りで先を急ぐ。 受付の寺嶋さんにも頭を下げると、驚いた様子だったものの快く送り出してくれた。 エントランスから庭を抜けて、出口へと走る。 大通りに面した歩道に出てきたものの、もう姫の姿は見えなかった。 (どっちの道を行ったんだろう、、) 左右を見回したとき、ふと夜空に月が見えた。 雲一つないからだろうか、半月なのに煌々と輝いていて、一瞬目を奪われる。 こっちの道な気がする――理屈じゃなく湧き上がった。 私は見上げた月の明るさと、微かに漂うあの甘い花の香りに導かれるように、右の道を選んで足を急がせた。 もし間違っていたらどうしよう、という不安は杞憂に終わりそうだった。 しばらく走ると、少し前を歩く後ろ姿が目に入る。 「姫、待って……!」 背中に呼び掛けたのと同時に前につんのめりそうになって、咄嗟に勢いよく腕を掴んでしまった。驚いて振り返った姫に倒れ込まないよう何とか踏みとどまって、私は顔を上げた。 「……平気?」 「うん、ごめんね……」 今確かに目が合ったのに、何かを感じ取る暇もなく逸らされる。私は弱気になりそうな心を奮い立たせるように、姫の顔を正面から見据えた。 掴んだ腕が少し骨ばっていて、何だか少し痩せたような気がする。 「……ごはん、ちゃんと食べてる?」 場違いな気がしたけれど、聞かずにはいられなかった。それでも姫の意識をこちらに向かせる力はあったようで、小さく「一応」と返事が返ってきた。食べれているならよかった、と私は安堵する。 それから、気まずい沈黙が流れる。 言いたいことはたくさんあったけれど定まった筋道があったわけではなく、頭の中に散らばった言葉はそのまま相手にぶつけるにはあまりに意味を成していなかった。 何か言葉を継がなければと焦るほど、口の中がカラカラになっていく。 合わない姫の視線は、私が掴んでいるその腕に注がれている。 今私たちを繋ぎとめているのはこの腕だけだと思うと、途端に頼りないものに思えた。
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