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「社用でいいだろ、仕事の件で連絡するなら」
私もジャケットの右ポケットに入れたスマホを取り出そうとした時、隣りの姫から鋭い声が飛んできた。
社用携帯もスマホではあるのだが、原則としてアプリやカメラ機能の利用はNGで、あくまで電話のみの使用が許可されている。
だから『メッセージアプリの連絡先を』と言われて、思わずプライベートのスマホを取り出していた。
「社用の番号ならこの前渡した名刺に書いてある。今わざわざ交換しなくてもいいだろ」
見下ろしてくる表情は普段と変わらないけれど、何だか少し不機嫌そうに感じる。
(それもそうだよね。コンビニ行こうと思ってたのに、自分とはまったく関係ない話で足止めされているんだもの)
「姫元さんのおっしゃる通りですね。この前名刺交換させていただいたのをすっかり忘れていました。ウチは社用がないので名刺にある番号は私用携帯の番号ですが、何かありましたらいつでも連絡してください」
「はい。お忙しいのにありがとうございました。助かりました」
私はもう一度改めてお礼を言う。
「いいえ、いいんです。お役に立ててよかった。それではまた来月の飲み会で。姫元さんも参加されるんですか」
「ええ、一応」
「そうですか、ではまたお会いできるのを楽しみにしています」
そう言って宇多川さんは微笑みながら会釈をし、オフィスビルを出て駅の方へと向かっていった。
「いくら近くに来たっていっても、わざわざ届けてくれるなんて親切だよね。気配りがすごいっていうか、さすがコンサルの営業さんって感じ」
私は手元に戻ってきたパスケースを見つめて、戻ってきてよかったと嬉しさが込み上げる。
「姫、どうしたの?」
「何が」
「眉間にすごいしわ寄ってるけど」
「……気のせいだろ」
そう言って足早にコンビニへと向かう姫の後ろ姿を、私は慌てて追いかけた。
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