5. 知らない一面

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まさかここで偶然見かけるとは思わず、私は驚きで体が固まる。 一瞬他人の空似かと思ったけれど、見間違いじゃない。 あれは姫本人だ。 白のオープンカラーシャツと、黒の少し丈の長いジャケットにパンツといういで立ちで、シンプルな色味だったけれどそれがとても似合っていた。そういえば、姫の私服姿を見るのは初めてだと気づく。 姫が何かを話しかけて、女性が笑う。 長身の姫と並んでいても、まるで見劣りしないスタイルの良さ。羨ましい。 姫は何かを答えたあと、女性の左手から2つのショッピングバッグを受け取った。その流れがすごくスマートで、私はただ見つめてしまう。 私は見つかってしまわないように、少し物陰に隠れた。覗き見なんて悪趣味だと頭の中はわかっているのに、目が離せない。 今度が女性の方が、姫に何かを話して笑いかける。 姫は少し困ったように小さく笑って首を振るけれど、その女性は姫の腕を掴むと、反対方向の道へと誘うように引っ張っている。 結局姫は根負けしたのか、その女性に促されて並んで歩いて行った。 そっか、彼女いたんだ―――― そんな素振りは、全然なかった。 彼女がいるならちょっとくらい教えてくれてもいいのに。そんな独りよがりな考えがよぎって、自分の身勝手さに自己嫌悪に陥る。 (彼女の前では、ああいう表情をするんだ) 会社で見るよりリラックスしているような、柔らかい雰囲気を纏った姿が目に焼き付いている。 誰だって、会社で見る姿がその人のすべてじゃない。 姫が言っていた『信頼できる人』が、どうして会社にしかいないと思っていたんだろう。 そんな当たり前のことなのに『他の人は姫のことを何も知らない』なんて、思い上がった考えを持っていたことが恥ずかしくなった。 (私だって、姫のことを何も知らないんだ) 遠くで夕方17時を知らせるチャイムが聞こえて、私はハッと我に返った。 私も、そろそろ帰ろう。 スマートフォンの地図で現在地と、駅への道を確かめる。 その道は、たった今2人が歩いて行った道と同じ方向だった。 もしかしたら、駅で鉢合わせしてしまうかも。 私はスマートフォンをバッグに仕舞うと踵を返し、反対方向の道へと歩き出した。
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