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「早瀬さん?大丈夫ですか?」
「え?あ、ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてて」
横に並んだ宇多川さんからの視線に気づくと、くすっという笑い声が耳に届いた。
「早瀬さんって何ていうか、真面目ですよね」
「そ、そうですか・・?」
真面目というのは、初めて言われたような気がする。
「そうですよ。営業の方がやるはずの幹事の仕事を代わったり、飲み会の間もあまり座らずにずっと動いてましたよね?僕なら適当にやっているように装って立ち回るけれど、早瀬さんは大真面目に正面から引き受けちゃうから、心配になるというか」
なるほど、真面目というのはそういうことか。
ただ宇多川さんは勘違いをしている。たぶん私が貧乏くじを引かされていると思っているのだろうけれど、私自身はそんなふうに感じたことはないし、自分がその方がいいと思うからやっているだけだ。
訂正するのも憚られるので否定も肯定もせずに微笑むと、宇多川さんは意外なほど真剣な表情をしていた。
「あの早瀬さん。よかったらこの後どこかで飲み直しませんか?」
「…え?これからですか?」
予想していなかった誘いに驚いて、当たり前なことを聞き返してしまう。
「今日のキックオフが終わって本格的にプロジェクトが始まれば、私の出番はほぼありませんからね。もしかすると今後はあまりお会いする機会もないかもしれないですし、よければ少しだけでもどうですか?」
ホームには、反対側の品川方面の電車が近づいていることを知らせる音楽が流れていた。
その音を合図にするかのように、改札から階段を駆け上がってくる人が増えて、ホームは少し混み合ってくる。
(少しだけ、軽く1杯くらいならいいかもしれない)
もう賢吾とは喧嘩別れしたようなもので、私が男の人と2人で飲みに行ったって、気が咎めなくてもいいんだ。
それに、ついさっき宇多川さんに言われた真面目ですよね、という言葉にも反発したい気持ちも湧き上がってきて。
そんな少しの投げやりな感情と、いつもよりも酔いが回ってフワフワしているせいか、妙に積極的な気持ちになっていた。
「早瀬さん、どうしますか?」
反対側のホームに電車が入ってきてドアが開いた。
ホームの上は、電車から降りる人と待つ人であっという間に溢れかえる。それらの雑踏の音で宇多川さんの声が掻き消されそうだ。
じゃあ少しだけ、と言おうとしたとき――――
初めは地震の揺れなのかと思った。
そう勘違いするくらいの強い力で後ろに引っ張られて、バランスを崩した体が大きく傾く。
倒れる、と思った瞬間。
「この後仕事が残ってるんで、口説くなら他をあたってもらえます?」
気付けば、姫の腕の中にいた。
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