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序
何の前触れもなく目が覚める時は、決まって誰かの訪問がある時だ。
その誰かを迎えるために、自分がいる。
古びた天井を見つめながら、長い手足を思いっきり伸ばした。
全身に血が巡っていくのを感じる。
半身を起こし、手指をにぎっては開くを繰り返す。少しずつほぐれていく。
なかなかいい感じだ。
床に足をつける。少し冷たい。大丈夫、感覚はちゃんと戻って来た。
埃っぽいカーテンを開ける。久しぶりの明かりに目を細めるが、あいにくの雨模様だ。
ここは屋根裏部屋。周囲に大きな建物なんてないので、眺めはいい。山々は霞んでいるけれど、晴れていれば美しい稜線がくっきりと見え、それはそれは清々しいのだ。
次に見遣るのは姿見の鏡。布を勢いよくはがすと埃が舞った。
「身だしなみもちゃんとしないといけませんね」
客人を迎えるためには必須である。
Tシャツと半ズボンから、清潔な濃青のブラウスと黒のズボンに着替える。乱れた黒髪をブラシで整えれば、何とか人の前に立てる姿になる。
「うん、こんなところでしょうか」
本当はタキシードに蝶ネクタイなんてしてみたかったけれど、過剰だと思いやめておいた。
この古民家あじさい荘には和装のほうが合うかもしれない。しかし自分の見た目は十八ほどの少年だ。身の丈にあった格好をするのが一番いいだろう。
自分はどのくらいの間、眠っていたのか。前に人が来たのはいつだっただろうか。
考えたいことは山ほどあったが、この場所に人が来るのはとても久しぶりだということは確かだ。
「ふふ、来ましたね」
ぴんと気配を感じ、思わず笑みがこぼれた。
さて、今回はどんな人が来てくれたのだろうか。
わくわく胸を弾ませながら階下へと降りていくのだった。
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