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いままで感じていた「好き」とは違うかもしれないと思いはじめた小学六年生、同じ高校に進学したくて猛勉強した中学三年生、クラスが離れてろくに会話もできないまま卒業を迎えた高校三年生──十代の折々で通過してきたせつなさは、すべて遥希へのものだった。
大好きだった。憧れだった。幼なじみでもなく友達でもなく、もっと特別な存在として隣にいてみたかった。遥希を見ていると、羨ましさと甘やかさとせつなさとおそろしさが一気に襲ってきた。複雑な感情の処し方を知らなかった若いわたしは、とにかく目を逸らしつづけた。
「料理はそこそこできるから心配しないで。いつがいいかな。来週とかどう?」
胸の中を侵食していくほろ苦さに口をつぐんでいると、遥希が軽い調子でそうつづけた。「え、いや、あの」「二十五日の水曜日は? ノー残業デーなんだ」
名案だとばかりに手のひらどうしをぱんと合わせると、さらにつづけた。よし決まりだね、そうだ、LINE教えてよ。わたしの戸惑いなどなんにも知らないような顔で、チノパンのポケットからさっとスマホを取り出す。ホワイトのiPhoneに、iFaceの透明の、シンプルなカバー。
あの当時はまだ、ガラケーだったのに。さらなる感傷をよそに、「ほら祐衣里ちゃん、早く」と急かしてくる。わたあめみたいな笑顔に促されて、混乱したままスマホを出した。
「ねえ、遥希」
「ん?」
彼女とか、いないの、そんなにかっこいいのに。相手がいる男性とふたりでごはんなんて、嫌だよ。遥希にとってのわたしは、いまも昔もただの幼なじみかもしれないけど、わたしにとっての遥希は、そうはなり得ないんだよ。
「遥希、は」
まさか、結婚なんてしてないよね。左手の薬指を盗み見てほっとする。たった一瞬の視線に気づいたのか、彼がふっと破顔した。
「彼女も奥さんもいないよ。そんな暇なかったもん。仕事一筋」
「……ふうん」
「あ、信じてないね。まあいいけど」
一緒にいたら、すぐにわかるよ。その言葉にどきっとした。どういう意味? ただ一回、ごはんを食べるだけだよね?
もちろん訊けなかった。歳を重ねたわたしが知ったのは、複雑で面倒な感情の処し方ではなく、なんとなく流してしまう術だけだ。
こうして、そのあと三年間に及ぶ「二十五日の晩餐会」が始まった。そのあいだ、わたしたちは一度も、ただの指一本さえも、触れあったことがない。
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