despair

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「あ、ごめん。もう子どもじゃないんだし、不用意に触るのはよくないね」  調子の変わらない声に落胆した、そんな自分を心底ばかみたいだと思った。遥希と最後に会ったのは高校の卒業式だ。東京の大学に進学するというのは本人ではなく、母から聞いた。  ──東京、行っちゃうんだね。  ──うん。  泥で茶色く染まったシャーベット状の雪が残る三月、たったそれだけを交わして、卒業アルバムの寄せ書きさえもしなかった。幼なじみなのに、好きだったのに。幼なじみだから、好きだったから。 「痩せたし、顔色が悪い。体調崩してるの?」 「……失恋したの」 「え?」 「一年近く付き合ってた彼氏に二股かけられて、あっさり捨てられたの。浮気相手はわたしのほうだったみたい」  思い返せば不審な点はいくつもあったのに、ただ信じたい一心で目を瞑っていた。そんな自分が浅はかで、かわいそうで、むなしくて、あまりにも情けなくて誰にも言えなかった。それなのに、どうして約十年ぶりに顔を合わせた幼なじみ相手に、こんな事情を吐露しているんだろう。 「結婚、とか、そういうの、考えてないわけでもなかったっていうか、ほら、もういい歳だし」  遥希は表情を変えない。昔から羨ましくて仕方がなかった、少し力を加えただけで割れてしまうガラス細工のような思春期の心を傷つける材料にもなり得た、「可愛らしい」と表現するのがぴったりな相貌。  きっと遥希は、いくつになってもこのままなんだな。感傷に胸のふちが痺れる。わたしのつくり笑いの裏側など知らない彼は、一日の終わりが近づいているとは思えないほどの爽やかさをたたえて、わたしの顔をじっと見ている。ばかだなあ、って言いたいんだろうな。いや、遥希は優しいから、そんなふうに思ったりしないか。   「祐衣里ちゃんは、いまどこに住んでるの?」  自分がすっぴんだということに気づき、とっさに顔を逸らした瞬間だった。え、と暗闇にこぼれた声を、あっさり掬われる。え、ともう一度漏らして、顔を上げた。遥希は丸い目をきゅっと細めて、やっぱりわたしを見ている。 「え、と……北十八条が最寄りで」 「俺、北十二条」  南北線の、という意味であれば、隣駅だ。 「祐衣里ちゃんの会社、札駅近くだもんね。俺の会社は、創成川イーストの」 「知ってる。全面ガラス張りのおしゃれなビル。一階にカフェが入ってる」 「俺、入社したときからあのビルで働いてみたかったんだ」  この、子犬みたいなきらきらした瞳も、変わらないんだな。ゆいりちゃん、と一生懸命追いかけてきていたときと同じ。あのころの遥希はとにかく小柄だったから、顔立ちのせいもあって、いつも女の子に間違えられていた。
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